荒れ野の誘惑~新約聖書を学ぶ~

娘の学校はキリスト教を基盤にしている。(しかしミッションスクールではない)



今年、宗教部の委員になったのは、学園長の先生がシリーズ講義している聖書研究会に参加できるから、という理由だった。委員会活動で学校に行くなら何か余録が欲しいものだ、と。



そして、今回はタイトルのテーマでのお話。



イエスがヨハネのバプテスマを受けた後、40日間荒れ野をさまよって悪魔の誘惑に耐える、というエピソード。



これこそ、己を何者かと理解するための青春の惑いだと学園長は言う。イエスは神の心に適う自分を見出だした。



我々凡人はそんな大層な者であるわけがないけれど、それでもやはり自分を探さなくちゃいけない。それなら、やっぱり若い時にうんといっぱい惑えばいいんだ、と思う。いくらでもやり直したり振り返ったりできる学生のときに。



そして、学園長はこんなことも言っていた。体験の羅列は歴史ではない。繰り返しその体験の意味を考えることが自分の思想を形作るのだ、と。



頭をが~んと殴られたような衝撃だった。あたしは自分の思想を持ってるだろうか。



今からでも遅くはない。あたしの歴史を作らなくては。




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No title

ふむふむ、ふーん。

いーこと言うねぇ、学園長

No title

胸にズシンとくる言葉だね。

私もキリシタンの学校に行っていたので

神妙な顔して礼拝に出たりしてたけど、

有り難い先生のお話をちっとも覚えていないのは何故?

若さゆえ言葉の深い意味までわからなかったのかなぁ。

それとも、単なるお馬鹿ちゃんだったのか・・・。

(過去形じゃないってか?)

No title

これは、久しぶりにtamanegiさん訪ねて来て良かったと思う、素晴らしい記事です。

関係ないけど、私はミッションスクールでした

クリスチャンじゃ、ありませんけど
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