読書感想文(と称する駄文)

読んだのはこれ。



情報媒体が大きく変化する時代で、その時その時の「マス」を最大限に経験してきた最初の世代は、もしかしたらわたしたちを含む前後10年くらいなんじゃないだろうか。
たとえば、わたしは、最初の就職で通信機器を中心に据えたメーカーに就職した。そのとき、移動体通信の花形は自動車電話というとてつもなく贅沢なしろもので、一般庶民が手にすることなど到底考えられないものだった。

30年たった今、誰もが携帯電話(ガラケー、スマホ問わず)を持つことができ、それらは通話のみならず、インターネットに気軽に接続することができる。

自動車電話の頃は、インターネットどころか、専用線の時代だったさね。

そして、現在わたしたちが触れることのできるニュースは、なにがほんとでなにが嘘なのか、わからないものが入り雑じっている。

この本は、そんな情報の海を泳ぎきって、向こう岸にたどり着くためのヒントをくれる。
各章のタイトルだけでもじゅうぶん伝わるのではないかと思うが、それを書いちゃったらこの感想文もいらなくなるので、見たい人は本屋へGO!

そのなかでわたしにとっていちばん心に突き刺さってきたのは、『フェアネスチェック』という言葉だった。

(参考:フェア、とはキリスト教の神が、死んだ人の行く先を決める裁きを行うときの態度のこと。)

もうこの一言だけをとっても、日頃の自分が情報の選択をするとき、どれだけのエラーを内在しているかがわかる。
信頼している人の言葉だから、とか、好きな作家の本だから、とか、○○新聞だから、とか。
あらゆるバイアスがかかったまま、取捨選択をしている。
最たるものがSNSで、Twitterにしても、Facebookにしても、自分と同じような意見・感性の人とつながりがちで、だからこそ自分は多数派にいるとか主流派だとか、勘違いしやすくなるのだ。

3.11以降の約1年、そういう混沌の海のなかでもがき、自分で裏を取れないなら何を頼ればいいのか、と悩んだ。
結果、自分に近い意見の人と対立している人や、立場が異なる人の発信を拾うことで、自分にとってのネガティブな情報をとるようにした。

元に戻ろう。
ある発信者の多様な側面を全て見ることは不可能だ。しかし、ある一面だけを切り取って見せる報道もあまりにも多い。
とすれば、わたしたちにできることはなにか。

脊髄反射(←正しい意味ではなくスラング的な)しないこと。
可能な限り正と負の情報を集めること。疑うことを恐れないこと。

なのじゃないかと思う。
今のわたしは、情報にしても人間にしても、まず疑うところからしか入っていかない。
そのために、人間関係においては観察期間(すみません、ほんと謝るしかない。申し訳ない。)がやたら長く、一歩踏み出すのが忘れた頃だったりするのだ。
こちらがためらっている間に離れて行ってしまうかたもいらしたし、一歩踏み出せないと思って自分が退いたり、なんだかね、ということばかり。

それでも。
ニュースを見分けていくのと同じく、自分のまわりの事物を見分けるためには、こうやっていくしかないんだろうなぁ、と感じている。



さて。
もう一度読むか。
(これ書くまでに3度読んだ。)

今日、7月17日、著者囲んでの読書会あります。
行こうかな、と思っていたけど、猛暑にやられたので自宅でうだうだすることにしました。
興味あるかたは、著者名(烏賀陽弘道さん)でFacebookを検索してみてください。 

↑間に合わねーっての。




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