舞うということ

奏楽や舞のお稽古、というご縁に恵まれた。
ここに至るまでの道はとても不思議で、なぜ自分がここに導かれたのかはよくわからない。
が、そこにいることには違和感がなく、導いてくださったかた、教えてくださるかた、ともに学ぶかた、すべての関係が必然でありここにある定めだったのだと感じた。

神社で、いつも感じること。
神様はお社の中におわすのではない。
神様はあまねくこの世にいらっしゃる。
お社は依り代であり、そこかしこにいらっしゃる神様を直接感じることのできないときでも、そこをとおして神様になにかを伝えられる、そんな場所だと思う。

そこで奉納される奏楽や舞のお稽古を授けていただける、このタイミングはなんなのだろう。
何が起きるのかわからないままに、稽古場に向かう。

実は何をするのか、初回の今日は何も決まっていなかったのだが、教えてくださるかたが舞う人であったので、自然と稽古は舞の基本動作になった。

エアロビクスや盆踊りとは異なる動きに、体がなかなかついていかないのだけど、なるべく考えないで動かす。
そのうち、頭より手足がすっと動く瞬間がときどきやってくる。
きっと合理的かつ美しい一連の動作なのだと思う。不思議な感覚だ。

舞、といえるところまでまったく到達していないのだが、お稽古を終わるときの気持ちは、あっという間だった、もう終わっちゃうの?だった。

舞うことで心を無にし、時を忘れ、神様のお心を慮る。
そんな時間が時おりあってもいいな、と思う。
そこにいていいよ、という承認を得た、新たな色の時間。



途中で見せていただいた、雅楽の楽器類。





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