変わるの五段活用

昨晩お風呂にとぷんと浸かり、手足を揉みほぐしていて、あれ?なんか変だぞ?と観察すると。

今朝は確かについていた右手の糸がありません。
これは、スリランカのお坊さんに結んでいただいたもの。

2016年1月17日の記事

スリランカの上座部仏教のありかたのように、お坊さんがわたくしたち皆のために祈り、経文を唱えてくれる場にいることができ、その功徳をいただいたことの証なのだろうと思います。

木綿の糸なので、すぐに切れてしまうかな、と思っていましたが、どうしてどうして。
なんとまあ、1年と7ヶ月もの間、いろんなとこにおでかけしてくれました。おでかけもしたし、たくさんの方にお会いしたね。



何かが叶ったのか。
何かが落ちたのか。

それはわからないけれど、きっと何かが変わったんだろう。


変わらない。→あたし
変わります。→あたし
変わるとき。→いま
変われば。→未来
変わろう。→未来


リアル、というか、地球での誕生日を間もなく迎えるけど、一足先にコアが誕生日を設定したらしい。

ありがとう、昨日までのあたし、ばいばい。

ようこそ、新しいあたし。


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同級生

午後、生理現象休憩のときに、LINEが入っているのに気づきました。
ほぼ家族専用で、それ以外はイベント連絡系しか使っておらず、滅多にメッセージが来ることはありません。

小学校のときの同級生の訃報でした。
彼とは卒業後会っていません。
それでも、1年間の在籍で毎日同じ教室にいた累積の記憶は、綺麗によみがえってきます。

声とか、動作とか、笑顔とかね。


まだ早いよ。



出かける前に、セージを焚きました。
お別れの気持ちが届きますように。

なぜそんなとこ壊れる?

同居していない長男が車に乗って幕張に行き、出先で不調になってロードサービスのお世話になったのが8月20日。
その後、週末に福島往復(私は乗ってません)して一昨日ドックに入れ、ずれずれの定検を受けて、昨日私がお迎えに行ってきました。

結果、幕張での不調、電気系には全く問題がなかったのですが、次の車検通らない不備が発覚しました。

マフラー損傷による排気ガス漏れ。

シャッターのあるガレージとかでエンジン掛けてたら、死ねるってやつか!
↑違いますって、損傷あってもなくてもおんなじですってば。

太鼓と呼ばれる、
コロンとしたタンクみたいなあれに変型があり、そこから歪んで錆びてる、ということで写真を見せてもらいました。
が。

え?そこ?

何度撮ってもなにがなんだかわからないので、掲載しません。
まあ普通に考えて、地面に近い方に傷がつくと思うじゃないですか。
てか、石とか、パーキングブロックとかでごりごりってやったんだろうなぁとしか思ってなかったので。

でもね、傷いってたのが、上側、つまり車体側だったんです。底面は綺麗だったって、整備士さん言ってました。
だから、反射区に歪みが出たわけじゃあない。

尖った金属突っ込んで梃子みたいにがこん!てやらないと、そんな風にならんだろう、と私は思いました。

帰ってからしげしげと写真見ても納得いかぬ。
夫の人に見せたけど(全権は夫の人にあるからね。)、やっぱりわからぬ、とのこと。

とりあえず、車検通すつもりだから交換するけど、なんやかやと大手術になりそうです。ボルトも錆び錆びで逝っちゃってるそうなので…。

メンテフリーの車なんてないから、維持費修理費がかかるのはしかたない。
でも、これはさーなんだか変だよ…。

…。次どこかにお詣りしたら、車用のお守り授けてもらお。


そして反省…

金曜日 練習、写真展、飲み
土曜日 茶会、キャンドルナイト
日曜日 プチセミナー、バーベキュー


3日間で1週間を生きる…

ちょっとやりすぎ!!!!


しかってください。

新しい出会い

今がだめなわけじゃない。
それどころか、人生で最高に人に恵まれた環境にいるような気がするここ数年。

ではあるけれども、このままずっとこのステージにいられるわけではないし、部分的に流れが悪くなって淀んでいるところも出てきて、ちょっと石を投げ込んでみようかな、と感じていました。

そんなときに、新たな交流のできるチャンスが目の前に出現しました。それも2つも。
全く無理なくはしごができる時間と場所。行ってみるしかないでしょ!


どちらの場所でも、自分が迷いと躊躇いの渦のなかでうずくまっているチキンであることを悟りました。
で、どちらでも、チャンスは生かしてこそチャンスである、という意味の言葉をひろいました。
(もちろん、ストレートにそう言われてるわけではない。)

少し、混沌としている身のまわりのあれこれを整理しないといけないようです。

昨日、自分の口からも飛び出した言葉ですが、まんま、いまそこにあるなぁと笑ってしまいました。

一度決めたら、ほとんどぶれることはありません。が、決めて猪突猛進するのでなくて、助走がやたらと長くて、それも年単位で助走してます。おまけにスピードがあるわけじゃないので、もし踏み切ったとしても距離や高さを稼げません。たぶんね。
でも、それでもいいかなって思っています。
走り幅跳びじゃなくて三段跳び(一発踏み切りじゃなくて何度も踏み切り動作ある。)
走り高跳びじゃなくて障害走(ハードル何度も越えて走っていく。)


夜の部、こんなかんじ。



後ろで縁結びの神様が見守ってくれてます。

さあ、またゆっくり走ろう×、じゃなくて、もう観念しなよ走れないって。
止まらないで歩き続けよう。自分のペースで。




名残の夏

ようやく自分の恒例行事にできたかな、保土ヶ谷キャンドルナイト。



今年で8回目。
たぶん6回来ています。ここ4回は毎年。
一部電飾もありますが、ほとんどの灯りは蝋燭です。
カメヤマローソクです。(関のお祭りに続き、ここでもカメヤマローソク。)
たくさんの人の手で置かれ、イベント中も多くの人手をかけて、消えてしまった蝋燭にまた火をつけて。

日の暮れる前。



写真の方が点火してることがよくわかりますね。
歩いていると、火がついてるのかどうか、よくわかんないです。

18時になると、公園事務所から出発した神様行列が光の森を抜けて、ステージにやって来ます。
KOTOちゃんの篠笛(お神楽に使う篠竹の笛)と三味線、パーカッション、ピアノのコンサート。

始まるときにはまだ薄明かりの空でしたが、終わる頃にはとっぷりと日も暮れて。

その時分には、森はもっともっと静まり、そして気温も下がります。



昨日は、ゆかりあるかたのお子さんの祥月命日でした。もう20年になるかな。
我が子らとほぼ同年代なので、どうしても忘れることができずに年を重ねています。
親御さんが見送るのに合わせて、自分もそっと。

そして、新たな命の躍動も。
このイベントを企画している野庵の主宰、毬詠さんのお子さんとお会いすることができました。
ちっちゃいけど確かな足取り。
短い時間だったけど、知らないおばちゃんなのにちゃんと向き合ってくれて、最後はバイバイと握手をしてくれました。
毎年大きくなっていく姿を見ることができたらいいなぁと思います。


まだ暑い日が続くけれど、わたしとしては毎夏、ここが区切りで風の感じかたが変わります。





バイバイ。2017年の夏。

相応ってなんだっけ

身分相応。
年相応。
えーと、ほかになんかあったっけ?

とにかく、相応(そうおう、ふさわしい)という言葉には日常でよく遭遇します。
語感、というか、言葉から受ける印象について、ちょっとだけこだわりがありまして。
ふさわしい、というと肯定的なかんじがしますが、そうおう、という漢字のほうの語からは否定感が強いです。
だってね、ほら、普通は『身分不相応』とか『年相応の振る舞いをしなさい』って使いかたじゃない?

まあ、それはおいといて。
今日思ったのは、『ふさわしい』とはどういうことなのかな、です。
これはどうやら、他人が自分にたいして下す評価であり、他人からみた自分をどう作り上げるか、ってことのような気がするのです。

たとえば、身分不相応の恋。←成就させてみたかった!うそ、チャンスもなかった!(笑)
好きとか嫌いとかに、身分もへったくれもなくて、好きになっちゃうのに相手の身分とかお立場なんか関係ないです。
しかしながら、周囲の人に「そんな身分違いなのに」だとか「背伸びは疲れるわよ」だとか「なにも苦労を買わなくても」だとかとかとかとか言われたりすると、そうなのかしらん?と思い始めてしまう、なんて。
で、私はあの人にはふさわしくないわって身を引く(昭和歌謡かよ。)ことになったり。
別にね、自分と相手がそれでよければ、まわりの評価なんて関係ないのにね。

最近もっとよく遭遇するのが『年相応』。
ああ、耳が痛いよ。
・゜・(つД`)・゜・
実は、我が子らからよく言われてたの。
今は一緒に住んでないから、平和になったけどね。

たまにここにも載せている仮装ばけらっただけじゃなくて、ふだん着ている服でも冒険大好きですから、色とか柄とかごっつヘンテコリンなのを着ることが多々あります。
それがね、ヤツラからしてみたら年相応じゃないんだって。
別に若作りしているわけではないし、一応大人だから、TPOは考えてるんだけど。
ぷにぷにお腹とか、ふりふりふりそでとかは目立たないようにしてるから許してもらえんかな。
夏になる前に骨格からの似合うスタイル診断もしてもらって、そのアドバイスも生かしてるし。(それによれば柄はっきりは着てもいい服なのだ!)

それより最近思うのは。
年と共に顔もメリハリがなくなってきて、ぶっちゃけ、目の開きが当社比で20%くらい悪くなった気がするのです。
もともと薄かった眉と合わせ、顔の上半分がめちゃくちゃぼんやりしてきている。
年相応のメイクを覚えて、顔の印象を良くしたい欲に駆られてます。
↑あ、やっぱり他人からの評価目線だった。











暑い暑い暑いよー

処暑。暑さも一段落のはずなのですが、また猛暑がぶり返しています。

寒の戻り、とは言うけれど、暑の戻りはないね。

あと、『2学期が始まると暑くなる』伝説も健在ですね。
明日が始業式の小中学校、けっこうあるみたい。

8月はいってからずうっと降雨観測してる東京、お日さまが出てないから気温も上がらず、過ごしやすかったので、からだがそっちに慣れちゃった。
ので、昨日からの暑さ、とくに地表面から立ち上る熱気にすっかりやられてます。サンダルの底も傷んでるような気がします。

夏がないのも困るけど、こんなふうに戻ってこられるのも嫌だ。
季節はゆるゆると一方向で変わっていってほしい。


来月行く奄美は、もしかしたらもっと気温が高いかも~。


螺旋!

日常をたらたらと垂れ流す場所として、Facebook(以下、顔本と書きます。)を常用しております。
顔本さまの機能に『過去のこの日』というのがあり、同じ日付の過去記事をまとめてどーんと見せてくれます。
ヘッドラインだけさらーと眺めることが多いのですが、今朝はblogの中身をチェックしました。あれ?と思ったから。

一年前の記事

今朝も同じようなことが起きました。
団地敷地を出るときに、しおからみたいな蜻蛉が、さしていた日傘の持ち手紐にぶら下がるようにして止まり、そのまんまどこへも行かない。
丘を降りても。信号渡っても。百日紅の下で立ち止まっても。
そして、昨年と同じく、保育園のそばで離れて行きました。

昨年と違うのは、チョウチョは1頭も来なくて、替わりといってはなんですが、番ってる蜻蛉が3組。
(ほんと、あれで飛んでるって器用というか、変態というか、なんて表現すればいいのやら(笑))

虫は大好きですから、大歓迎なんですが、たぶん今日のポイントはそこじゃない。

カレンダーの同じ日付に、同じようなことが起きるのは、季節が同じだからという物理的なものだけではなく、心が同じような状態になっていること、そして自分に必要なものに関する情報だろうと思います。
1年経って、座標は同じだけど高さが変わった、上昇方向の螺旋階段のように。

見える景色が似ている、けど、立っている場所は少しだけ進歩。
堂々巡りをしているわけではないことに安心する。

昨晩教わった12color。



いちばん好きな色ははいってないけど、補色があるので、そこを見てるとほっとします。
必要なときに必要なものがやってくるからくりを、今日もありがたく受け取りながら。





月の満ち欠け

お日さまも満ち欠けするのですが、やはり、身近なのは、晴れてさえいれば毎晩見られるお月さまの満ち欠け。

未明に新月となった朝。

体内時計が朝夕を感じとるのと同じように、月の満ち欠けもわずかながら感じ取っているのかなぁ、と昔から思っていました。
わたしは半欠けお月さんが好きなので、上弦下弦、月に2度遭遇できるわけです。
と言っても、月の暦を確認しているわけではありません。
ふと空を見上げると、半欠けさんがいる。そんな感じです。

そして、半欠けさんの日は、妙にセンシティブになり、訳もなく(ないわけではないけど、そんなことで?)泣いていたりします。

最近、お月さまのリズムにのった瞑想会に参加するようになって気づいたこと。月の満ち欠けと氣の流れが連動していて、それが正弦曲線みたいなかんじ。
そして、わたしはその曲線が正から負、負から正に移行するポイントで、心身ともに不安定になりやすいこと。

たぶんこれは、個体差が非常に大きく、誰もに当てはまることではないと思います。
それを知って行動するのは、自分のコントロールにとても役立っています。
というか、長年ヒトをやってきて、ようやく気づいたのかってかんじかなぁ。
鈍くない人は、もっと早く感じてることなのだと思います。


さて、今日は比較的安定の新月。
久しぶりにお願い事でも書いてみましょうか。


魔法のスパイス

久しぶりの腹満たすカテゴリ。(だよね?)

南インド料理店ケララバワンは、練馬の駅近くにあります。

ケララバワン

辛いもの苦手なはずなのに、こちらに来ると呆れるほど食べてしまう、不思議な美味しさのとりこになってます。

さて、昨日は、開店13周年のお祝い日、サッディヤにお邪魔しました。
お祝いなのに、なんにも持たずに(もちろん財布も持たずに)行ってもご飯食べさせてもらえる、という太っ腹な1日です。(要予約)
少し暑さの戻ったなか、みなさんお店の前で呼ばれるのを待っています。
お店の女主人でお友だちの理英さんが待っててくださいました。
まもなく、お誘いしたお友だちのあやこさんとも合流。
5分も待たずに順番が回ってきました。

サッディヤのメニューです。



日本人のカレーのイメージだと絶対に出てこない冬瓜、なーんてのが入ってる。
これ、熟れないうちに収穫した固いやつ使うんだろうなあ、なんて思いながら、配給を待つ。

そう、お席には葉っぱの形のペーパーが敷かれ、そこに例のステンレスのバケツみたいな容器から、レードルで盛りつけられていきます。

完成品。



なんと色鮮やかなんでしょう!
左上にチャツネ、右上に煮物類、そしてご飯どどん。

その後、ご飯に2種のカレーを掛けてもらいました。



ど真ん中にとんがらし載ってるね。
(もちろん、食べられないのでよけます。)

辛いの、酸味あるの、甘いの(文字通り甘いです、辛さが弱いの意味ではなく。)、味にもともとバラエティがあるのに、さらにチャツネが3種もあって、もう混ぜ混ぜするのが楽しくてたまらーん!

ご飯もかなり大盛りなのに、あっさり完食です。


そうそう、お飲み物はお水とマンゴーラッシー。
それにデザートのココアっぽい見た目のもの。



このココアっぽい見た目のものは、口に入れるとやっぱりココアっぽいというか、チョコレートっぽい。しかし、豆豆しいものが入っていて、餡このような味もする。実に不思議で美味しいデザートでした。


いやー、お腹いっぱい。


そして、目覚めたときなんとなく熱っぽいような不調だったにもかかわらず、食べ終わる頃にはそんなのあったっけ?状態でした。
うーむ、これこそスパイスの力なんだろうか。何かが浸透していくような感覚。
好きだわー、このかんじ。

ケララバワンのみなさん、サッシーさん理英さん、美味しくいただきました。
ごちそうさまっ!


せっかくかわいいオレンジのパンジャビ着ていったのに、写真なし(笑)。
そして、お腹いっぱいすぎて晩ごはんなし。






マル秘お着物トークライブ

昨日はこんなイベントに行って来ました。



着物好きな女性ならきっと1冊くらいは本を読んだことがあるでしょう、きくちいまさん。
着付け師でありながらお教室も主宰していらっしゃる、吉澤暁子さん。
そして、お着物大好きアナウンサー、今回のイベントを企画なさった、橋本理恵さん。

お三方による、ここだけの!話が炸裂する予定ということでしたので、合言葉は『お口にチャック!』。

会場は着物率がとても高く、それもそのはず、入り口で配布された事前アンケートによれば、自分で着ることができる人99%でしたので。
夏着物、浴衣、それぞれ思い思いの素敵なコーディネートでいらしてました。

お話の内容は、初心者さんから中級者向け、という設定でしたが、どちらかというと初心者寄りかな。
誰もが必ず通るであろう関所について、それぞれの経験や対処方法をお話ししてくださいました。

やはり、というあれこれも出てきましたし、おお!という新しい情報もいただけました。
最後にはお写真も撮ってもらえました。
会場で再会した鹿鳴館倶楽部仲間の立真子さんもご一緒です。



なんていうか、やっぱり最初のハードルが高いんですよね、着物って。
ところがそれを飛び越えても、まだまだいろんなハードルがある。
わたしにとっていちばん難関だったのは、人にケチつけられたときの往なしかた、でした。
ほら、わたし、売られた喧嘩は買っちゃう人だったから。(過去形よ、ここ重要だからね!)

最近は、もう、喧嘩は買わない。
買っても不毛だから、よくあるパターンこれ。

その1
あーはいはい、て聞き流す。
まじ、これっぽっちも記憶してないくらい、聞かない。

その2
言うがまま直されておいて、すぐにお手洗いに駆け込んで元に戻す(笑)。
直して出てきたところでまた会っちゃったりして(笑)。←しらんぷり。

その3
相手のぜんぜん違うとこ突っ込んでみる。あらー奥さま、バッグの口が空いててお財布丸見えでタイヘン!なーんちゃって。

まあだいたいパターン1ですね。

そんなわけで、楽しく着物着ちゃおうよ、という愛にあふれた2時間のトークショーでした。


マンウォッチング

名前も素性も知らない、車中のひと。
毎日見かける人もいるし、今日こっきりの人もいる。
通勤で乗るのは女性車両。
お洋服、お化粧、バッグ、そのようなものをちらちら見ながら。

実は、つり革につかまってると、一番目につくのは、髪の分け目です。

す、す、すみません、あまりにもコアな領域かもしれませんが。

若いかただと髪が伸びても分け目のカラーが違うのがそれほど気になりませんが、私くらいの年齢になると白分け目なので、たいへん目立ちます。
自分のことを
髪が伸びてくると『逆三毛猫』とか言ってましたが、そんななまやさしいもんじゃない。
すっごく年寄りくさく見えます。
そんなわけで、頭のてっぺんだけちょいと足し色ケアをするようになりました。

いや、別にね、年寄りなんだからいいんだけど、でも、たぶん同世代の人よりも私の白髪量は多いので。
(カラーリングをやめたら、白髪の老婆になると思います。耳から上、ほとんど白いので。)

次に気になるのは、座ってるときの足の納めかた。
靴を履いてる足の部分、ながーい脚部分。
空いてるならいいのですが、朝のように混雑してるときにはその様子で、いろいろ観察できます。

混んでる車内でも脚を組んでるような人を見ると、お里が知れるなぁ、と思います。
どんなにかわいい服を着て、綺麗にお化粧していても、友だちにはなりたくないです。
実際に知ってる人でも、あとからそういう人だと知って、すすすすっと身を遠ざけたことは何度もあります。

もう、そういうのは時代遅れなんでしょうかね。
でも、自分がそう思ってることは自分なりの基準なので、外からとやかく言われることでもないし、死ぬまで変わらないんだろうなぁ、と思ってます。


あ。着いた。

今日の観察、終わり。

初イヤーコーニング

カテゴライズ、非常に迷いましたが、ヒーリングだからやっぱり心かな。

先日も登場した、まよ姐。
昨夏退職したあといろんな修行(笑)をして、ついに先月からヒーラーデビューしました。


ヒーリングサロン木花

(もし、このリンクが見えなかったら教えてね。わたしは会員になっちゃってるから見えるんだけど、登録しないで見られるかどうかわからないので。)

メニューは、イヤーコーニング、シンギングボウル、カードリーディングの3本立て。
この中で体験してなくて、かつ、まよ姐がメインに据えてるのがイヤーコーニングなので、とにかくまずはやってみよう!ってことで行ってみました。

イヤーコーニングとは

うーん、よくわかんないな。
耳ツボにも関係あるみたいなので、一言で言い換えると、耳ツボ耳穴温熱施術?
蜜蝋を塗った綿布の巻き芯を燃やして、その熱を伝導させます。

まあこの写真通り、こうなるわけです。
(あたしとまよ姐)



耳を燃やす(違うってば!)前に、お臍にもコーンをのせて火をつけています。
顔の半分をタオルで覆っているし、横になっているので、実際には何をしてるか見えてません。
穴もあいてないはずのお臍から、なにか感じます。
着火後しばらくは、なぜか冷たい感じがしました。コーンの先端が冷点に当たってるのかなぁ、とも思いました。
その後、じわぁっと熱が伝わり、主に下半身に向かってなにかが流れているのを感じ取りました。やがて、その流れは集中的に左足へ。
いろいろトラブルを抱えている左足。最近あまり意識しなくなってきて、うまくつきあえてるな、と思っていた患部が、ぼーぼーと燃えるように熱い!
なるほど治っちゃいないのね、と思い知らされると同時に、そこをケアされている感覚がとても強くなっていきます。
あともうひとつ、目の奥。例の飛蚊症ですね。
ここもじわっと熱が来ます。

お臍が終わると、本番?の耳を右、左、右、左、と2回ずつ。
じ、じ、じ、と蝋の燃える音とふんわり伝わってくる熱で、やがて寝落ち…。
たぶんたいして長く眠ってなくて、一瞬の連続なんだと思うのですが、とてもリラックスできました。
お臍で感じたようなピンポイントでどこか、というのはなかったのですが、ぴんぴんに張り詰めていたところが弛んだのは間違いない。←だから寝た。

約1時間半の施術。
たぶん、即効性のあるものではなく、そして劇的に何かが変わるものでもなく。
でも、自分で気づくことのできない深い部分を届くものなんだなぁ、と感じました。
なぜかって?
とてもよく眠れたし、いろんな意味でからだのバランスがいいと感じる朝だったからです。

感想は?って帰宅してからメールで尋ねられて、一晩落とし込みさせてねーと。
そのときすでに、目覚めの感覚を楽しみに待ってる自分がいました。その予感は間違ってなかったということです。

てなわけで、しょっちゅうでなくてもいいけど、季節の変わり目で不安定なからだになってるときに、これ受けるのはなかなかいいかもしれません。

おまけのカードリーディング。
来月のお旅について尋ねたら、風の神様出ました。
ほほう、台風にやられることはない、と(勝手にあたしが)読みました。
もうひとつ。
占いの神様。奄美でなにやら天啓を受けるらしいです。

え?奄美に移住しちゃうの?あたし?
↑ぜんぜん違うってば。
でも、楽しい旅になることは間違いないみたい。わくわく。


イヤーコーニングでも、カードリーディングでも、シンギングボウルトリートメントでも、気になったらぜひ行ってみてね!

もちろんあたしにお尋ねくださってもかまいません、おつなぎします。



旅の支度からおもう着物の行く末

気づいたら、9月の方位採り兼夏休みの旅まで、もう1ヶ月なかった!

てなわけで、今月締め(今日です)と来月締めの間に、夏休みをとることにしました。
行き先は、奄美大島!
目的は、染め物三昧!
昨春も連れていってくださった晴恵先生が企画してくださる旅です。
今回は、泥染めだけでなく、琉球藍の染めも旅程に入っています。

それから、他のみなさんより1泊前のりすることになり、織り体験もできることになりました。

まーそんなわけで、大島紬にまつわる技術のほんの一端をのぞく旅、といったところでしょうか。


自分で着物を着られるようになってから、ちょうど干支がひとまわりしました。
着ることがうれしかった初心者から、だんだん、作り手の想いとか技術の伝承とか、そういったことに興味を持つようになるのは、わたしの性格上あまりにもあたりまえで…。
ご縁のできた作家さんとお話をしたり、実際に自分で染めたり織ったりする経験もしてみました。

こちらは、今年自分で染めた浴衣と、昨年自分で織った黄八丈の半巾帯。





いまんところ、こんなふうに考えてます。
・着物が日常着、という時代はもう訪れない。
・でも、着物や浴衣がおしゃれ着として選べるアイテム、にはなってきている。
・特に、花火と浴衣は、セット商品化してきた。それも若い人たちに。
・浴衣と着物の間には、かなーり深い谷がある。溝なんてもんじゃない。
・谷に掛ける橋がなんなのか、今はさっぱりわかんない。ないのかも。
・でも、着物が好きだったら、がんがん着ちゃおう。もしかしたら間違って「着物着てみたい」って人が増えるかもしれない。
・そのためには、よほどのことがない限り、他人様の着姿、コーデにケチつけない!(自分はつけてもらってもいいです、勉強になるし、世間様の動向を知るよすがになるから。)

こんなかんじかな。
もちろん、この状況がいいとは思ってないし、実はそうじゃないんだよ、ということもあるかもしれません。
それでもどうでも、着物が好きだったら着る。それだけでいいかな。

そして。
着物は苦しくもないし、動きがとっても制限されるものでもありません。
そこんとこは、ぜひ一度着て体験してみてほしいです。
わたしでよかったら、いつでも使ってくださいね。
『なんちゃって着方教室』やってます。



電車はすいてるが。徒然草。

新宿で働くようになってから3度目の夏。
ついに、おおむね世間がお盆なのに電車で座れませんでした。

幼少の頃から、盆には縁のない育ちでした。世の中にお盆というものがあると認識したのは、大阪に住んだときでした。(小学3年生の夏。)
で、母方の祖父母に尋ねると、うちはお盆だけ特別ってわけじゃないから、と。
それで、母は盆の習慣をよく知らないらしいです。
父方はその頃すでに祖母は亡く、祖父はクリスチャンなので盆はなし。
ふうん、このふたり=両親のことね、ちょうどよかったんだ(笑)。 

長じて、所によりお盆の時期が異なることも知りました。
それはそれで合理的です。
ただ、一斉休暇の会社に勤めてると、ちょっと不都合はあるかもね。

就職したのはメーカーだったので、まさにこの時期、連続休暇でした。
最初の夏休み、北海道行ってました。帰る日の朝、札幌のユースで見たニュースの画像は今でも忘れられません。
その日ツルマルヒコウキに乗るのを一瞬躊躇いました。
その後、いろいろなことがあって、やはりあの事故のことは、いつも頭のどこかでひっかかっています。


8月15日。

わたしの職場は、いつもどおりのお仕事をしています。









坂東十八番 日光山中禅寺

久々におひとりさまでない札所です。
歩くペースとか予期せぬ事態対応力とか体力とか、さまざまな要因で、札所を巡るときは一人のことが多いので。

大人になってからの友人としてはいちばん長らくおつきあいいただいてるまよ姐、最近、神様カードのリーダーとなりまして、一緒にいるだけでご利益のある人になってしまいました(笑)。
今回は彼女との珍道中です。

5時30分、最寄り駅にて合流。
京王線で新宿へ移動中、JRが止まっている、と車内放送。むむ。札所行きでこんなことはいまだかつてなかった!
状況調べつつ、とにかく行けるとこまで行って考えよう~と移動していたら、結局宇都宮には予定通りの時刻に到着。宇都宮線だからこその回復運転ではありますが、それができるJRの対応力も大したもんだな、とひたすら感心しました。

まずは、日光線で駅とりのミッションを完了。

日光駅でバスのフリーパスを買い、中禅寺温泉行きのバスに乗るも、東照宮への車が多すぎて、わずか2キロほどを抜けるのに40分。目的地がさらに奥なので降りるわけにもいかず、おとなしく乗ってましたが…。
その後は明智平あたりから豪雨の中でしたが、上に着く頃には雨も止み、30分ほど遅れはしたものの無事に到着。

さっそく立木観音さまへ。
一本のかつらの木から彫りだし、残材から手を彫って組み合わせたと言う、千住観音様です。
胴体の下のほうはもとの木のままだということで、この名がついたそうです。
とてもお優しい顔の観音様。
普通のお寺さんでは、なかなかこんなに近くでお顔を拝見できないのと、そもそもお姿がこんなに大きくない。
その意味でも、とても珍しい観音様です。

五大堂から眺める中禅寺湖。



男体山は上のほうが雲というか、霧に包まれて、見ることができません。
秘仏の吉祥天さまも拝ませていただき、本日のメインミッション完了です。
あとは、いつものとおりテケトー。

乗れたらいいな、の渡し船、じゃなくて観光船。ちょうどタイミングよかったので、歌が浜から船の駅中禅寺まで5分の船旅。8月10日に就航したばかりの新造船に乗ることができました。



残念ながら濃霧のために、湖畔の景色がなーんにも見えません。写真?真っ白。

船着き場から少し歩いて、中宮祠へ。
こちらは、男体山への登山口とです。
麓に二荒山神社本宮、こちらが中宮祠、山頂が奥宮になっています。
とても気持ちのよいお宮でした。
参拝を済ませると、あっという間に霧に包まれてしまいました。

これで、最初から計画していたミッションは、全て果たすことができました。
めでたしめでたし。

あとはとにかくテケトー。
バスターミナルへ戻りながら、雨が降り始めたので、そこにあった喫茶店でお昼ごはんにしよう。



絶品の、天然氷かき氷を食べられました。

バスターミナルに到着すると、10分も待たずにバスに乗れました。

コロプラのコロカ店に行こうと途中下車すると、本日いちばんの氣をいただいた神社に遭遇しました。
青龍神社。



無人ではありますが、氏子さんたちで輪番があるのでしょう、参道もきれいにお掃除され、榊が供えられて、整えられていました。

そして、コロカ店。



青龍さんのご朱印をいただくために立ち寄った(本末転倒気味の)二荒山神社本宮。



神橋もなんだか神秘的。



なんだか盛りだくさんに見えますが、ほとんど全部通り道で済ませられることばかり。
しかも雨は、雨具を出すほどでもなく。
お取り計らいの中、粛々と進んだ気がします。


これで、札所のペースを取り戻したような気がするので、残った遠隔地、なんとか気張りましょうかね。



御霊迎えの日

わたし個人は、どこの宗教にも帰依していない無宗教な者です。
が、わたしの身の回りに来ることのある御霊さまは、大半が仏さまです。
そのため、あの世でも一斉に民族大移動が起きるこの時期には、ここに来てくださるかたも多くいらっしゃいます。

12日の深夜から昨日にかけて、蝉さん蝶さん蜻蛉さん飛蝗さんの姿を借りて、いろんなかたが来てくださいました。
それは、家にいようが外にいようがまったく関係なく。
御霊さまにも、家つきと人つきがあるのでしょうか。とすれば、わたしのところにきてくださるのは、みなさん人つきに違いない。

たぶん、立ち寄るだけで、ほんとに帰るとこがあるかたばかりだと思うので、早く移動できるように、これ使ってね。


かっこいい精霊馬!

わたしには作れないけど、御霊さまなら、画像でも自由に使えるでしょ。


昨日は、観音様の功徳に触れることもできたので、来てくださった御霊さまも思いの外およろこびだったようで。

わたしんとこにいるかたは、悪いけど今日もお仕事なので、そのへんで一人で遊んでいてね。
忘れてるわけじゃないから。



坂東十七番 出流山満願寺

いちばん早く始めた札所廻りですが、ぜんぜん終わりが見えてきません…orz
それもそのはず、近くはすでにお参りして、行きにくい遠くが残ってます。

茨城、栃木、千葉。
そしていずれも、電車の駅から遠い。土日に自由に車が使えない身としては、身動きとれません。で、一日ひとつしか行けそうもない、となると、出番はこれ。



どっか行きたい、列車乗りたい、ご朱印いただきたい、私のお出かけ三大欲をすべて満たしてくれる、青春18きっぷ。
昔に比べてなにかと使い勝手悪くはなりましたが、やっぱり頼りになります。

もう何年も間があいてしまいましたが、そろそろ再開しようと決めました。(5月に鎌倉歩いて、ちょっと火が着いた。)

再開の第一歩に選んだのは、栃木市の満願寺です。
残ってるのでいちばん番号が若いことと、夏場なので歩く距離が短いことが決め手となりました。

JR両毛線の栃木駅。
初降車。



ここから、栃木市が運行するコミュニティバス「ふれあいバス」に乗り、約1時間。
途中、石灰鉱山を抜けていきます。屋根に積もった石灰の粉が、まるで雪のよう。




終点で降りて歩くこと5分。
朝5時過ぎに自宅を出発して、ここに着いたのはほぼ10時でした。




ご朱印帳を寺務所に預けて、本堂→奥の院と参拝します。
奥の院へは、関所で拝観料300円お支払い。参道の整備に使います、ということで、確かにガードレールや橋の手摺など、安全対策をいろいろしてくれています。
また、この日は雨上がりでもあり、石の上に葉っぱや土が残っていると滑りやすいものですが、お片付けがされていたようです。
ずうっと上り坂の参道をほぼひとりじめ。深い森と、梢から落ちる水滴、雨と言うよりは霧のような細かい降水、思わず声に出してしまいました。
「きもちいいっ!」
「超楽しいっ!」
最後、断崖に張り付くような急な階段を上り、奥の院にたどり着きました。




拝殿の奥は洞窟がお堂になっています。石灰岩の地域なので、鍾乳洞ですね。



高さ4メートルくらいの石筍がこちらのご本尊さま。
なんでも、観音様の後ろ姿と、足元は伏せた蓮の花、と説明書きがありました。
ほんとにそんな風に見えます。
昔の人はうまいことたとえるなぁ。

ここから見る山の景色は、霧煙る幽玄の趣で、とても美しい。
スマホカメラなんかでは到底無理でした。
ので、咲き始めていた秋海棠を。




さて、下山してご朱印帳を受けとり、次のミッションは、出流そば。
お近く出身のお友だちに教えていただいたお蕎麦屋さんは、11時開店なので急いで行くと、もう行列が!
そして、また10時58分なのに入店してる!出遅れた!
と思いましたが、さすが有名店、規模も大きく、待つことなく入ることができました。
大勢で来ていたら、盆ざるのそばをどどーんと頼むのが定番のようですが、一人じゃ無理なので、野菜天ざるを。



お蕎麦もとても美味しいし、天ぷらもさっくさく。
蕎麦湯もポット一杯出してくださって、最後まで美味しくいただきました。

11時56分のバスで離脱。
滞在時間2時間。
帰りはわずかに早く、ほぼ16時の帰宅でした。
え、もっと蔵のまちを寄り道してくりゃいいのにって?
うん、次のお座敷があってね。(笑)

栃木市は、小江戸・蔵のまちとして観光整備されています。
着物で歩くの楽しそうだな、と思いました。
今回はJRの各駅停車で行きましたが、東武電車の特急を使えばもう少し楽に行けそうな気もします。
満願寺に宿坊もあるようなので(未確認)、泊まりがけで計画してもいいかなぁ。
そのときはみなさん参加してね。




内に籠ること

動き回っているために、他人様からは外向的で行動的でパワフルと思われています。
そういう面も確かにありますが、それは断片的なわたしの鱗であり、実体ではありません。

人といても、列車に乗っていても、その向こうに見ているのは、自分の心の中だったりします。
その人の目線を通してのわたし。
窓ガラスの向こうに広がる景色の中のわたし。

向こうを見通させてくれた人は記憶に残り、また会いたい人リストに書き込まれます。
わたしのいる景色を見つけたら脳内アルバムに写真を残し、訪れたい場所リストに書き込まれます。

そうして、その人にそのことを伝えようとして、そのまちでその場所を確かめようとして、明日を待ち焦がれています。

わたしの生きてる日々が、そのまんま旅のようであるのは、そんな理由です。




そして。
落とした鱗から、そのことを感じ取ってくれる人もいる。
なんという幸せ。



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たまねぎです。
ゆる~く生きてます。
好きなものがたくさんあります。

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