老若女女

浴衣でbeer、と銘打っての会。
みなさんそれぞれ、素敵な夏着物や浴衣で集まったは、夕方の歌舞伎町。
もとコマ劇場のあった向かいのビル地下。
何度見ても、予約した店の名前が見つからない。
しかたがないので入り口とおぼしき場所から電話した。
ひえー、こゆシステムかい!

フードコート形式で、お席は複数店舗共有、たぶんフロアの従業員さんも共有…。よく間違わないなぁ。
みんなで話したの、これ、かなりコスト削減になってるよね、って。たぷん同じ形式で屋上にもビヤガーデンがあるので、上と下で厨房も共有だろうし。

て、お店の話はどうでもいいや。

総勢5名の女性集団30代から50代までバラエティゆたか。
職業や背景もバラエティゆたか。
わたし中心での関係なので、初対面のみなさま。でも話は途切れない。
お席の時間制限もなく、飲み放題なので空になったら次の飲み物を頼みつつ、最終解散まで3時間半。

楽しかったです~。

女はね、やっぱり元気がいちばん。
元気だったら愛嬌も色気も出るさ。

またこんなぐだぐだなおしゃべり会しましょうね。

あ、もちろん老若男女の会もご希望あれば仕込みますよ!
(しかし、若い男性がつかまらない。)
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サリー着て浴衣着て

うーん、悩みながらカテゴリを着物普及委員会にしてみましたが、そろそろカテゴリに『ばけらった!』を追加するべきかと思い始めました。

初めてサリーをまとったのは、学生の頃。どっかの学祭で民族文化かなんかのサークルがやってたサリー着て写真撮る、の体験でした。
余りに暇そうで、通りすぎるのが気の毒になって入ったのでしたが、それがもしや今につながるとは(笑)←関係ないと思うけど。

昨日は銀座にて。
濃ゆ~いメイクとゴージャス衣裳の変身ではなく、トラディショナルサリーをお借りしてのパーティーでした。



あ、自分が隠れてる(笑)
じゃあこちら。



いい歳して遊んでるだけじゃない、ちゃんと寄付もこみこみでのパーティーです。
サリーは長い布を体に巻き付けるだけなので、洋服や和服のようにサイズがありません。どなたでもお召しになれますし、同じ布でも、中の人によって表情がかなり変わると思います。タックの取り方や巻き付けの緩さで、如何様にも表現可能なんだなぁ、と皆さんのお姿を見ていて、とても楽しかったです。
(着物でいうところの、衿合わせとか衣紋の抜き加減のようなものかの?)

貸し切りスペースに約50名、それはそれは華やかでした。最後にはみんなでボリウッドダンスしちゃったし。
次のお座敷があるのでわたしはこの会場のみで失礼したのですが、ほとんどのかたはサリーのままでリムジンに乗ってドライブに出かけました。
どこぞの王族が銀座に来てる、と噂になっていたそうな(笑)。

はい、そうなの、次のお座敷は、浴衣で花火見ながら鱧食べるの会。
ここ、順番大事よ、メインは鱧だからね!



実はサリーのあと、松屋デパートのおトイレで浴衣にお着替えしました。
チェンジボードのあるとこじゃなかったので、なかなか苦労しましたが(笑)
お着替え直後。



渋谷のLi-Po恒例イベントになったそうで、3度目の参加です。これはいいっ!
雨にも濡れず、トイレの心配もなく、美味しいものをはむはむしながら、たまやー!



美味しいものたち。
夏野菜がとても美しく変身。
お味も夏らしくスパイシーで、ときどき舌がぴりぴり!
最後の鱧とおにぎりまで、味わいながらいただきました。



また言われちゃった、パワフルですねって。
でも、自分ではそんなにエネルギーを消費してるとは思ってないんです。
少なくとも、走ってる人よりはずっとゆるいと思うんだけど。

美味しいもの食べて、使った分きちんと補給していけば、倒れるほど消耗しないよね。
それと、やりたくないことをやってるわけではないから、というのもありますね。
むしろ、今がチャンス!今生で二度はないかも、と思えば、勝手にお尻が浮くよ(笑)。
そのへんの価値判断ですかね。

今日もまた浴衣でお出掛けしてきます。





あれ?

帰りに寄ったスーパーで、綺麗な鰯を見つけました。
刺身用って書いてあると、つい手が出る。

鰯は手開きです。
すすすすすっと中骨と身の間に親指を滑り込ませて…。

はたと気づいた。
あれ?左手で捌いてないか?

試しに次の鰯を、右手で捌こうとするも、ちっとも身が離れない。握りしめちゃってるから、鰯がだんだん温くなってきます。
こりゃやばいってんで、左手でやれば、ものの10秒ほどで捌けます。

ふうん、あたし左利きなんか。

そして、鰯は思ったよりも脂が乗っていたので、お刺身よりもマリネがよかろうと思いたって、酢油漬けに。
写真も撮らずにむしゃむしゃいってしまいました。

ふーんそうか、左利きだったのか。
謎である。


悲しいこと

朝、このニュースを悲しく苦々しく読みました。


立ち入り禁止

2年前に沖縄を訪れたときに、同宿のかたから教えてもらったところです。
そのときは自分たちしかいなくて、ほんとうに静かな場所でした。
たどり着くのもかなりむずかしく、もちろん看板も出ていないし、細い道をゆっくり進み、見逃してしまいそうな入り口をようやく見つけて。

なんと言えばいいのかな。
美しくて、向こうに見える海は泣きたいほどあおくて、崖の上に向かって思わず拝んでしまいそうな、神々しい場所でした。

と同時に、周囲がまったく開けていなくて、人が押し寄せたらどうなるのかな、と思ったのも事実です。


こんなことになってしまったか。

とても残念です。
またいつか行けるのでしょうか。


人として、恥じることなく生きているとは、全然言えないわたしですが、少なくともこういう場所を、後の人が来られなくなるようなことはするまいと。
それは、自然であっても、寺社であっても、同じ。
わたしはそこを見せていただいてる身ですから。

週末にお祭りで神様とふれあえたから、余計にそう思うのかもしれませんね。

涙ぬぐう朝

メモリアル報道の日です。

そんなものがなかったとしても、心の奥底に刻みつけられた傷は、なにかにつけて思い出されます。
身内や知人がいたわけではなく、それなのにこれほど傷が癒えないのは、あの事件が『生きる』ことの意味を問うているからかもしれません。

共にあること、共にあるくこと
共にいること、共にいきること



やまゆりの
花弁の先に
灯す夢

関宿~石垣屋さんとか甘いものとか

前の記事でお祭りに参加できるようになったいきさつをちょっと書きました。

三重の古民家ゲストハウス 旅人宿 石垣屋

お宿できてから8年あまり。
できる前から関のまちを知ってましたので、最初にのれんを見たときから気になっていました。



若い頃に旅人していたとき、ユースホステルとか男女別相部屋の民宿を多用していたので、こういうスタイルのお宿にまったく抵抗はありません。
むしろ大歓迎。
昨年初めての予約電話をしたときは、ホステラーでした、の一言で合格をもらいました。今年は、またお祭りお願いします、で通りました。←試験か。試験だよ(笑)

お宿にあった某ゲストハウス紹介本に「自由度120%」と書いてあるそうですが(わたしは見てませんが、複数のかたが読んでゲラゲラ笑ってたので間違いないでしょう。)、石垣屋は自由です。絶対に守らなきゃいけないのは、部屋の指定と、屋内全面禁煙だけじゃないかしら。
時間の使い方をよく知らない人にとっては、あまりに自由すぎて、どうしていいかわからなくなることもあるんじゃないかとさえ思います。
わたし?わたしはノープロブレム。
とろーんと蕩けて、本を読んだり、(相対的に)若い人たちの会話を聞いてたり、時計のいらない過ごし方で、いくらでもここにいられます。

今回も、そんな時間と、それからまち歩きの時間を、贅沢にすごしました。
こんな旅人という名の余所者を快く受け入れてくださるまちへのお礼はなにかなー、と考えると、それはやっぱりお買い物することでしょう。

お宿の斜向かいにある深川屋さんは和菓子屋さんです。

深川屋 関の戸

志摩に住む三重友、愛ちゃんの絶賛する関の戸アイス。
去年は品切で食べられなく、悔しい想いをしたのでした。
到着してアッパッパに着替えてすぐ、宿主さんとおくさまに「徘徊してきまーす」とお伝えして、まずは関の戸アイス。
何をおいてもまずはこれ。
今年の新商品をあわせて、なんと4種類もあって選べないよう。
さんざん迷って、伊勢ほうじ茶味を。



さっぱりとしていながら、こくのある甘味を楽しんで、体も冷えたので、急いで関神社へ参拝。



お神輿が出る前の境内にはだあれもいなくて、独り占めの静けさ。



強い陽射しのなか、お祭りの準備をする店先をのぞいたりしながら、石垣屋を通り越して、深川屋さんよりもさらに先へ。

志ら玉本舗のかき氷、名物志ら玉氷を。



かき氷とお団子が一度に楽しめる、おとく感満載の名物です。
赤福氷といい、これといい、よく思いつくよね(笑)。

そして、山車が曳かれる西の端にあたる地蔵院さんにお参りして、お散歩終了。

初日は山車曳きに出陣する前に、地蔵院前にある会津屋さんの炊き込みおこわ弁当で腹ごしらえ。


2日目は、朝ごはんもパスしてまったりとごろごろと深川屋さんが店を開けるのを待ち…。
関の戸アイス食べてきまーす、と飛び出すとなぜかお供がおふたり。
常連さんではない男性がおふたり釣れました(笑)。
今度は和三盆を。




そしてお一方、新作の薔薇を注文してたので、ちょっとだけお味見させていただきました。
和三盆はこのアイスの基本型ですね。
薔薇はとってもおしゃれな感じです。あとひとつ、食べられるかなぁ…。

若い青年は、原チャリで静岡県の磐田から来ていて、これから鈴鹿峠攻めに行ってきます、というのをお見送りし、もう少し年嵩の青年(のちにほぼほぼ同年代と判明(笑))とさらにお散歩おやつを。
またも志ら玉氷(笑)
そして食べてるうちに昼時になりましたので、会津屋さんでお昼ごはん。
冷たいもんばかり食べてたので、あったかいおそばがからだにしみる!

お宿に戻り、ぼけーと過ごす午後。
街道から丸見えの板の間で勝手に読書する泊まり客と、お子さまのお昼寝タイムをくつろぐおくさま。
なんかよくわからないけど、外からいっぱい写真に撮られてる、まいっか。
厚かましいおやぢカメラマンが、浴衣の女性は来るのかと聞くので、よほどあたしだよ、と言おうかと思いましたが踏みとどまり。
確かにここに浴衣が大勢並ぶと風情があるのよね。
心の中で、関の戸アイスおごってくれたら今すぐ着替えてくるよ、と思いましたが、それはあんまりだし、そうだアイスもうひとつ行こうと思って、最後のひと
色抹茶を買い求めて戻りました。
うほほ、うみゃー。写真は忘れました。

昼のお散歩で、会津屋さんお隣のドッグカフェで出してる生わらび餅アイスが気になっていましたが、山車曳きで地蔵院さんにたどり着いたときに手を出してしまいました。



バニラアイスに生のわらび餅が載ってて、黒蜜と香ばしいめのきな粉が振ってあります。
わらび餅をおうちで作ったことのある方はご存じだと思います、お鍋で煮とかしてどろどろのわらび餅をそのまんま冷やして食べるかんじです。
でも、冷やしてどうしてこんなにゆるいままなのか、どうしてもわかりませんでした。来年問い詰めたいと思います。

あとね、行けなかったけど、新しいカフェができたそうだし、昔からある定食屋さん山石やおそば屋さん萌へい、紅茶専門店のアールグレイもまた訪ねてみたいです。

来年以降の宿題だね。










関宿祇園夏祭り2017

東海道の宿場町、関。
現在は三重県亀山市となっているまちです。
昨年から、このお祭りにがっつり参加させていただいてます。



夕方から山車が出て、町内を練り歩くこと約3時間半。初日は4基、日曜は3基が出庫します。

初めてこのお祭りを見たのは、たぶん12年前の夏だったと思います。
ときどき訪ねる三重県で、あまり遠くないところでほっと息抜きのひとときは、ここへ連れてきてもらうことが多かったのです。
お祭りがあるよ、と教えてもらって見物に来たのが最初でした。
初めての年はくるくる回る舞台廻しに度肝を抜かれ、次に見に来たときには最後の蔵入れのときの素晴らしい工夫に感嘆したのを覚えています。

もともと光り物、じゃなくて、灯りのある夜祭りが好きで、ねぶたとか灯籠祭りなどがあると出かけていましたが、そんな中でもこのお祭りがとても好きです。

なかなか行けないけど、いつか山車が曳いてみたいなぁと思っていました。

そして、それが実現可能なチャンス(ゲストハウス石垣屋に泊まるともれなく山車を曳ける。石垣屋については別記事に書きます。)をみつけ、ついに昨年、山車を曳く綱を握ることができたのです。
通りいっぺんならばこの一度で満足するのでしょうが、地域のかたが受け入れてくださることの意味、祭りへの思い、さまざまなことを考えると、続けて参加したい、と感じました。

なので、再び。

山車だけでない、いろいろなものがお祭りを彩ります。

こちらは、ミニチュアの山車。



飾り物ではなく、まだお囃子にも参加できない小さい子どもたちが、これを曳いて歩きます。
これが土曜のお昼頃、お神輿の練る前です。

次に、若衆たちのお神輿。



初日は神社を出発して、西の追分け近くのお旅所まで練り歩き、日曜には逆のコースで戻ってきます。
お店屋さんの前ではそこにちなんだ甚句を歌ってくれます。泊まってる石垣屋の前は広くなっているので、お神輿ぐるぐるもやってくれますし、お宿の板の間にお神輿を乗り上げて、高らかに歌われる甚句には、ほんとうに血が騒ぎます。



なんともかっこよく、礼儀正しくて優しい若衆です。

神輿を見送ってのんびりして、夕方からは山車。
明るいうちに蔵から出して、初日は関神社へ向かい、4基揃い踏みしたのち街道へ繰り出して行きます。
途中で提灯に火を入れます。



写真がうまく撮れず。
ここの提灯は蝋燭です。そりゃそうだ、亀山ローソクのお膝元ですもん。
ローソクを入れて、火をつけて。
ほんのりと明るく、ゆらめく灯は、記憶の深いところを照らします。

ほぼ木製の立派な山車は、ぎしぎしと音を立てながら、細い街道を進んでいきます。
「せきのやま」ということばがありますが、語源はこの山車です。
せいぜいこのくらい、という意味で使われることが多いようですが、ほんとうは、限界目一杯まで大きくしたもの、贅沢をして作ったものという意味でした。
狭い宿場の街道を通れる限度ギリギリのサイズまで大きくした山車なのです。そのため、巡行中も屋根瓦に当たりそうになったり、小まめに進路を調整したり、なかなか技が必要です。

舞台には子ども囃子を載せ、甚句に間の手をいれながら、みんなで綱を曳いて歩きます。

すっかり夜になり、20時頃、まちのほぼ真ん中あたりの場所に、再び4基が揃います。そして、一斉に舞台廻しを始めるのです。



これを見るといつも思うのです。
過去生を今生に、今生を未来に。
輪廻とはこういうことかなぁ、と。

夜のお祭りは、美しくて物悲しくて、そして、すっぱりと朝を迎える。
だから好きなのかもしれません。
祭りのあいだは、心でどんなに泣いていてもいいんだよ、と許されてる気もします。


きっとまた来年も、このまちへ。









忘れる、ということ

薄紙を剥ぐように、新しいことから順々に忘れていく、というさまを少し離れたところから見ています。

ひとりはもう、赤子に戻ってしまいました。
もうひとりは、まだどうにか自立していますが、遠くない将来、運転免許を取り上げねばならぬところに来ています。

また別のひとりは、体の不具合から、やはり免許取り上げることをそろそろ検討しようと思います。

最後のひとりは、この頃めっきり体力が落ちました。怪我も多いです。


実家婚家の親たちです。


記憶を失っていくことには恐怖もあるのでしょうが、むしろ、最期を間近にした恐怖から逃れるために記憶は薄れていくのかもしれないなぁ、と思うこともあります。

長生きしたい気持ちと、早くお迎えに来て欲しい気持ちがせめぎ合う、夏の朝。


呪いの言葉

このところよく思っていること。

~~しちゃいけない
~~しなきゃいけない

という文末。
俗に言う『呪い』ですね。
思考や行動を縛る言葉だと、わたしは思います。

宿題やらなくちゃいけない、と言われても遊びに行っちゃう。←学校行ってた頃のわたし。

健康上の理由で甘いもの食べちゃだめ、と言われると無性に食べたくなる。←社会人なった頃のわたし。(ケーキ食べるとじんましんが出ていた(笑))

家族を大切にしなきゃいけない、と言われると、ほったらかして放牧しちゃう。←今のわたし。

あ、最後のはちょっと違うな。

こんなわかりやすい事例でなくても、どなたでもひとつやふたつは自分を縛っているものがあると思います。

そこで、縛られたまんまでいくのか、ほどいて別の世界に行ってみるのかは、自分次第だな、と、常々考えてましたが、昨日、おお!と膝を打つような言葉に出会いました。

面白がれる力を鍛える!

今、立っている場所から半径30センチ以内。その中のことはとてもよく見えて、とてもよく知っていて、新しいことも見つけにくい。
でも、そこから10センチ広げるだけで、見たこともないものが見えてくる。

呪いがかかってると、見たこともない新しいものを見ようとしないで、見なかったこと見えなかったことにして、元の場所から動き出さない、ということを選んでしまうのかな。

~~してみたら?
~~を次やってみようか?

今のわたしの中に詰まってるのは、こればっかり。
なんだか面白そう。(楽しいかどうかはわからない。)
やってもやらなくてもいいことばかりなのに、やってしまうんですよね。
たぶん、実行しない後悔のほうが大きいと感じているから。

そして、先ほどの言葉を発信してたかたはこんなことも言ってました。

疲れるのは遊びじゃない!

うわーうわー、名言だ。
せっかく今生を与えられて、面白く遊ばなくてどうする!疲れてる暇などないくらい、この世は面白くて不思議なアトラクションだらけ。


さあ、ごいっしょに。
れっつ、とらい。

多様性

日曜、久しぶりに母校を訪ねました。

電気通信大学

卒業してえーと32年(はい、そこ、計算しない!)もたってますから、浦島太郎です。
当時から残ってる建物なんて、ほんのわずか。
ごくたまにキャンパス内を通り抜けたことはありますが、どこが何とか考えたことない。自分の卒業した学科も、改変でなくなってしまってるし、在学生はわが子より年下だし。

当日は、オープンキャンパスとホームカミングデーの同時開催でした。
駅から学校までの道筋は、オープンきキャンパスの高校生でいっぱい。
割合でいうと、7:3くらいで親御さんがご一緒だったような。時代は変わったなぁ。(というわたしも、下の子の時は一回だけ行きました。新設校で知らないことだらけだったから。)

さて、わたしは、ホームカミングデーの本体ではなく、派生で開催されたOG会への出席が目的です。
同期が何人か来るとわかってましたが、さて他はどうかしら、と思ったら。

在学当時に『女子コン』という、女子学生限定の学内飲み会がありまして、そこでよくお会いしていたメンバーがたくさん集まりました!
いやーん、懐かしい、そしてすぐわかるー!

ちょこちょこっと自己紹介をすると、実にさまざまな経歴をお持ちの皆さま。
これを多様性と言わずしてなんと言おう。(ちょっと狭義ではあるけど。)

たまたまリケジョのハシリみたいな時期で、かつ均等法の生まれる直前直後でもあり、どんなスタイルであっても「はたらく」ということが特別ではないことだと、在学中に刷り込まれた年代なのかもしれません。

それにしても。
大学の先生、定年までひとつの会社を勤めあげた人、専業主婦になってから仕事に復帰した人、一般企業やめて高校の先生、占い師(でいいのか?(笑))、市議会議員、あたしはさすらいのなんちゃってSE 。
職のデパートだ。

まもなく開学100周年を迎えます。
UEC WOMAN は、100人集合をめざしています。壮観だろうな、100人の多様な女性たち。

もしお近くに、電通大出身の女性がいらしたら、わたしにつないでください!
よろしくお願いします。






読書感想文(と称する駄文)

読んだのはこれ。



情報媒体が大きく変化する時代で、その時その時の「マス」を最大限に経験してきた最初の世代は、もしかしたらわたしたちを含む前後10年くらいなんじゃないだろうか。
たとえば、わたしは、最初の就職で通信機器を中心に据えたメーカーに就職した。そのとき、移動体通信の花形は自動車電話というとてつもなく贅沢なしろもので、一般庶民が手にすることなど到底考えられないものだった。

30年たった今、誰もが携帯電話(ガラケー、スマホ問わず)を持つことができ、それらは通話のみならず、インターネットに気軽に接続することができる。

自動車電話の頃は、インターネットどころか、専用線の時代だったさね。

そして、現在わたしたちが触れることのできるニュースは、なにがほんとでなにが嘘なのか、わからないものが入り雑じっている。

この本は、そんな情報の海を泳ぎきって、向こう岸にたどり着くためのヒントをくれる。
各章のタイトルだけでもじゅうぶん伝わるのではないかと思うが、それを書いちゃったらこの感想文もいらなくなるので、見たい人は本屋へGO!

そのなかでわたしにとっていちばん心に突き刺さってきたのは、『フェアネスチェック』という言葉だった。

(参考:フェア、とはキリスト教の神が、死んだ人の行く先を決める裁きを行うときの態度のこと。)

もうこの一言だけをとっても、日頃の自分が情報の選択をするとき、どれだけのエラーを内在しているかがわかる。
信頼している人の言葉だから、とか、好きな作家の本だから、とか、○○新聞だから、とか。
あらゆるバイアスがかかったまま、取捨選択をしている。
最たるものがSNSで、Twitterにしても、Facebookにしても、自分と同じような意見・感性の人とつながりがちで、だからこそ自分は多数派にいるとか主流派だとか、勘違いしやすくなるのだ。

3.11以降の約1年、そういう混沌の海のなかでもがき、自分で裏を取れないなら何を頼ればいいのか、と悩んだ。
結果、自分に近い意見の人と対立している人や、立場が異なる人の発信を拾うことで、自分にとってのネガティブな情報をとるようにした。

元に戻ろう。
ある発信者の多様な側面を全て見ることは不可能だ。しかし、ある一面だけを切り取って見せる報道もあまりにも多い。
とすれば、わたしたちにできることはなにか。

脊髄反射(←正しい意味ではなくスラング的な)しないこと。
可能な限り正と負の情報を集めること。疑うことを恐れないこと。

なのじゃないかと思う。
今のわたしは、情報にしても人間にしても、まず疑うところからしか入っていかない。
そのために、人間関係においては観察期間(すみません、ほんと謝るしかない。申し訳ない。)がやたら長く、一歩踏み出すのが忘れた頃だったりするのだ。
こちらがためらっている間に離れて行ってしまうかたもいらしたし、一歩踏み出せないと思って自分が退いたり、なんだかね、ということばかり。

それでも。
ニュースを見分けていくのと同じく、自分のまわりの事物を見分けるためには、こうやっていくしかないんだろうなぁ、と感じている。



さて。
もう一度読むか。
(これ書くまでに3度読んだ。)

今日、7月17日、著者囲んでの読書会あります。
行こうかな、と思っていたけど、猛暑にやられたので自宅でうだうだすることにしました。
興味あるかたは、著者名(烏賀陽弘道さん)でFacebookを検索してみてください。 

↑間に合わねーっての。




おっかけ15年?

知る人ぞ知る、わたしはしつこいです。
一度食いついたら離しません。←すっぽん?
いやいや、すっぽんほど過激じゃありませんが、ゆるりと食いついています。

15年?
いや、16年?
トリオリベルタのおっかけ。
わたしも年を取りましたが、リベルタの3人もおんなじだけ年を取りました。

そして彼らはついに、クラシックプログラムのコンサートを開催することに。
3人とも、もともとクラシックの演奏家ですが、アストル・ピアソラのタンゴをはじめ、映画音楽だったり、ジャズやポピュラーを彼らのテイストで演奏してきました。

3人もではなく、単体や2人でのクラシックプログラムは聴いていましたが、ようやくここに来たか、という思いでいっぱいです。



プログラムパンフもなんかいままでよりシンプル。

ピアノ、ヴァイオリン、サックス、という編成なので、どの曲もリベルタオリジナルアレンジです。ひとつだけ、日本初演という曲があり、それはリベルタと同じ編成のトリオのピアニストが作曲したものだという説明がありました。

技術の高さ、曲の解釈、表現の巧みさ、どれをとっても、昨晩のコンサートは、とても味わい深いものでした。
クラシックとはいえ、耳になじんだ曲もたくさんはいっていました。

ずうっと追いかけてきてよかったなぁ、としみじみ思いながらのアンコール1曲目。

大好きなラフマニノフのヴォカリーズでした。
自分でも発表会に弾いたことがありますが、その切なさを表現しきれなくて、悔しくて泣きました。
昨晩のヴォカリーズは、心の深いところに優しく手当てをしてもらったような、そんなあたたかく繊細な音に包まれ、仕事終わってバタバタと移動してきた甲斐がありました。
またあの曲を弾いてみようかな。

そして、クラシックという新たな海に漕ぎ出した3人からも、目が離せません。

暑い夏を乗りきるのに、やっぱり音楽は必要で。


夢にまでみたお好み焼き

昨晩は1年半ぶりに、広島お好みを食べに行きました。

地元にあった愛する九嶺が閉店して2度目の夏。
途中でついふらふらと入った店で後悔して以来、やはり九嶺マスターのおすすめ以外には行かない、と決めてから、早や1年近く。

さっさと行けよ、と思うでしょ?それがね、歩いて帰れるようなところだったのが、電車で帰る、となるとめっちゃハードルが上がるんですよ。
たかがお好み焼き、されどお好み焼き。
お好み食べて膨れたお腹をかかえて、、腹ごなしに歩いて帰る、というのが体にしみついてしまった幸せな4年間の記憶は、チャラにできません。

諸般の事情で夫に予約を取ってもらい、初めて行ったお店は、なんと、この暑い最中エアコンが壊れていました!
お好み焼きですから、目の前は熱い鉄板ですし。

でも、子どもの頃大阪府に住んでいたので、たこ焼きやお好み焼きを食べさせてもらえる子ども向けのお店は、もちろん冷房なんてあるわけもなく、汗かきながら焼けるのを待ってたし、高校生の頃しょっちゅうおやつ食べに寄り道してたお好み焼き屋にも冷房なんかなかった!

それを思えば、どってことねー。


はい、結果、どってことねー、とにこにこしながら帰路に着きました。
この1年半、時々、夢にまで出てきた広島お好み。
たいへん美味しくいただきました。

マスターの味が恋しいけど、でも、ここのお好みもとってもおいしかった。
焼いてくれたのは店主さんじゃなくて若いお兄さん。とても丁寧で、そして焼きかげんとか茹でかげんとかがしっかり身についてる様子の素敵なお兄さんでした。
厨房のお姉さんもきびきびして、気持ちのよいお姉さん。

作り手さんがええかんじだから、エアコンが壊れててもかまわないです。
いや、でも、できれば涼しいほうがいいけど。

祖師ヶ谷大蔵の剛毅。
きっとまた、近いうちに。




最高の贅沢ってなんだろう

お金で手にはいる贅沢はたくさんある。
美味しい食べ物だったり、素敵な着物だったり、ゴージャスなボディケアだったり、行ったことのない土地への旅行だったり。


でもね、いちばん欲しくていちばん贅沢なのは、言葉を交わさなくても共にいられて、同じ景色をみることのできる人なんだ、わたしにとっては。


時間を追いかける速度が似ていて、夕陽を受けた雲の流れを見るのが好きで、季節ごとの道端の変化を探す楽しさを忘れない。


会いに行かなくちゃ。
どこに。








進むべき道

ここ数年で自分のビジョンを見失って、当初はけっこう自暴自棄にもなったりして、心の中はかなり荒廃していた。

しばらくしてから人間関係の入れ替えが始まった。
否、入れ替えと言うよりは、空いていた席に、座るべき人が座り始めた、というのがいちばん近い表現かもしれない。
元からいて退場した人もいるし、ちょっと座っていつのまにか消えた人もいるし、あたし自身だけでなく、入ってきた人も、選別をしていると思う。

そんな中で、新たなビジョンやミッションをみつける助けになるのは、やっぱり自分を客観的に見る力だ。

どうやらおぼろげながらも、それが形になってきたような氣がする。

その前に、大鉈を振るわなければならないのかもしれない。
その時はいつ。



前世は南アジア?

目下、Engawa Sumida で開催中のインドフェス(7/7~7/9)。

どうせ行くなら初日に行きましょう、そして、楽しんでるところ見せびらかしちゃいましょう、ということで、おつとめ終了後、押上まで行ってきました。

新宿からだとちょうど30分くらいです。
スカイツリーに向かう人々と逆方向にてくてくと。

何度か訪れたEngawa Sumida のはずなのに、そこはインドになってました。



スタッフはメイクと服ですっかり神様になってるし、店内はサイババのお香とカレーのスパイシーな香りでいっぱい。

さてさて、わたしのいちばんの目的は、Atelier YuRa主宰の庭山由美子さんにネイルをしていただくこと。
神様、じゃなくて仏様の梵字ネイルがお得意、という文章を読んで、何かが閃いた。きっと今必要な色をもらえる!

というわけで、こんなきれいな指先になりました。



施術直後に由美子さんと。



降臨ネイル、の看板は伊達じゃない。ものすごい集中力で色を作っていき、たぶんかなりの早業で綺麗にしあげていくさまを見ているのは、なんというか、ちょっと異次元空間のようでした。
由美子さんとわたしだけ、違う色のカプセルに入っちゃったみたいな。
とっても気持ちのいい時間でした。

(由美子さんのネイルは、Engawa Sumida にて、予約制でお願いできます。)

お腹空いたー!ら、インドご飯。
なんと、カレーだけでなくビリヤニができる、とのことで、迷わずビリヤニをお願いしました。



スパイスがきいてて、いい香りです。
そして、ぽそぽそっとしたお米がスパイスの香りとよく合ってます。
脇に3種盛られた副菜がまた美味しくて、ご飯食べて副菜で味変、またご飯、と、楽しくあっという間に完食してしまいました。うまー!

食後にはインド珈琲を。



ふだんあんまり珈琲飲まないのだけど、スパイスの中に珈琲の香りがして、ビリヤニの後にはこれしかないね、的な気分に。
おすすめにしたがい、アイスカフェオレ。
スパイシーなお料理と珈琲、合うんだね。人生50ウン年やってきて、初めて知りました。

そして、メインイベント、和とインドのアートスタイリングbyミシェル由衣ちゃん。

お買い上げしちゃったピンクオレンジ系のトップスと、レンタル用切り替えスカートというインド服に合わせたのは、鮮やかなグリーン系の浴衣!



いやー、好きな色の服って、黙って通りすぎるのが難しいよね(違
あとは一切合財お任せのアートスタイリングです。
自分の知らない自分がそこにいるかんじ。
このグリーンは、絶対に自分では選ばない色だもの。
インド服と和服が意外と相性いいんだな、というのも発見です。
次、なんか仮装するとき、このトップスは役に立つかもしれない。
(とても気に入ったので、着て帰りました、今日も着てます(笑))

そんなインドフェススパイシーご飯で体温が高くなってるからか、この暑さでもそれほどへろへろになってません。
すごいよ、あたし!

そして、すごいよインド。
お近くのかた、Engawa Sumida 行ってきてね。
(うちからはまた行けるほど近くはない、押上。)









死語の世界

昨日ね、えーこれも死語なの?ということに遭遇しました。

饐えたにおい。

いやースマホで漢字を出すのも一苦労。
まさかのひらがな一文字で出ましたけどね。

とある飲食店で、出されたデザートがちょっと傷んでて、まさに饐えた臭いもするし酸っぱい味もしたんです。
いつも食べてるものと味も臭いも違う。(違うとわかるくらいにはスタンプも溜めてます(笑))

で、そっと店員さんを呼んで、「これ、饐えてますよ」と言ったら、きょとんとしてるのです。
ああ、おばちゃんが悪かったよ。
「ごめんなさい、言い直すわね。いつもと味が違うの。臭いも酸っぱいの。これ、傷んでますよ。とても生ぬるいので出しっぱなしでしたよね。」

すぐに替わりの、ひんやりしたのが出てきました。
真面目なはなし、ぬるま湯みたいな温度になった杏仁豆腐なんて、どんだけ厨房で放置されていたのやら。

それはまあ置いといて、饐えたご飯とか、饐えた臭いとか、もう通じないんですね。
そんなものを食べる機会も激減しているとは思いますが。


使わないほうがいい日本語リストに追加しました。

明け方の夢

やたらとたくさん蛇が出てきた。

生涯リアルで出会った数よりも多いであろう蛇蛇蛇。

なんの予兆?

夢解き歓迎。

心に届く物

昨晩、大好きなかたからの宅配便が届きました。

そのかたが学生さんだった頃に彫った型紙と、それを使って染めた布です。
学校の課題だったのでしょうか。
何年も経過しているのに、とてもきれいに保存されていて、驚きました。



紅型のように色を重ねてぼかしてある、その色合いがまるでそのかたのようで、開いた包みもそのまんまにして、ほぅ~とながめておりました。

布は、生成の紬で、長さが1メートル50ほどあります。
昨晩は長さをあんまり考えてなくて、小物が作れるかな、なんて思ったのですが、これだけあったら、上手に接いだら名古屋帯作れるんじゃないかなあ、前柄も作って。

と、妄想が炸裂しています。

何より嬉しいのは、私に、と思ってくださったこと。
ご自分のブランドをお持ちで、アクセサリーなどを作ってるかたなので、もっとおしゃれなかたや使い途をぱっと決めてくださるかたもまわりにおおぜいいらっしゃると思うのですが。
ふだんから、染めるー染めるーと騒いでいるのが効を奏したのか。

お気持ちをほんとに嬉しく受けとりました。
ここしばらくでいちばん嬉しいいただきものです。

ありがとうございました。


しばらく反芻しながら生きていくと思うので、口の端っこからよだれたらしてぼーっとしていたら、ああ、型紙のこと考えてるんだな、と思ってくださいね。

暑い暑い暑いよー

頭が溶けてて、昨日は数年使ってた帽子を紛失。
今年と去年、新しい素敵なのを買ったから、きっと拗ねて家出したに違いない。

さて、今年も冷房なしで乗りきれるか@自宅。

暑くて、ちょっと書きたかった選挙のことが、もはや忘却の彼方。
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ゆる~く生きてます。
好きなものがたくさんあります。

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