夏越の祓い

ちょっと夕方どたばたしましたが、大好きな調布の布多天神社で、茅の輪のお守りを授かってきました。



やはり、上半期のあれこれを祓いたいな、と思いまして。

祓わねばならないほどの悪いことはなかったと思うのですが、ときどき、リセットしておくことは必要だな、と思っています。


布多天神社の茅の輪は、七夕までは設えてあるそうですので、お近くのかたはぜひ。

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発表会日程決まる!

細々と続けているピアノのおけいこ。
子どものときのと合わせて、通算でまもなく30年になるようです。えっ!自分がいちばん驚いたよ。初めて計算したので。

子ども時代に厳しい先生もいらして、泣きながら練習したことも記憶してます。
大人になって、不甲斐なくて泣きながら練習するようになるとは、あの頃つゆほども思ってなかったなぁ。

思えば、家に鍵盤がなかったのは、たぶん結婚当初の1年半くらい。
どうしても我慢できなくて、電子ピアノを買ってしまいました。
以後、実家のを運んだり、新しく消音付きに買い替えたりして、自分の稽古ができるピアノは、オルガンも含めて代々4台。それぞれに癖があって、可愛い子達でした。

大人の教室に通うようになってからでも、もう10年を超えました。
年に一度の発表会、最初の年に参加したあとずっと拒絶してましたが、ここ5年くらいは参加しています。
たまにプレッシャーかけないとだらだら練しかしないし、なにより高級なグランドピアノに触れる機会がまったくありません。
(最近ベヒシュタイン弾くチャンスを手に入れたから、シゲルカワイじゃなくてもいいんだけどね。)

今年は9月24日の日曜日。
昨日のレッスンで申込用紙をもらいました。
使用料とか事務費とかで、お金払わなきゃいけない(笑)んですが、記念品いらないから1,000円まけてくれないかなぁ。
万札でお釣もらえたらとてもよろこぶんだけど。

で、曲はもう早くに決めてまして、無謀にも、性懲りもなく、バッハです。
(何年か前に泣いてたのをご記憶のかたもいらっしゃると思います。)
平均律第1集のロ短調プレリュード。
3年ほど前にピエール・ローラン・エマールの平均律第1集全曲を聴きにいって、ああもう終わっちゃう、と、ぼろぼろ涙流しながら聴いた、最後のロ短調。

低温が流れる上を二声が絡み合いながら美しく歌います。
最後の2小節で、ああ、生きててよかったんだ、といつも光をもらいます。
(これは、練習してるときも同じです。)

それを表現できるわけがないのですが、バッハの美しさを届けられたらなぁ、と思っています。
大人の発表会にバッハ選ぶ人はほぼ皆無なのでねー。

で、これを発表会で弾く日が来たら、おけいこやめてもいいな、と思ってましたが、別に練習してる曲がなかなか良いアレンジで美しく、先生もお気に入りなので、来年の発表会に弾くことになりました(笑)。今年の申込しないうちに、もう来年まで決まっちゃった。


マッキーのハーモニカとのデュオ活動も着々と進んで?いるし、音楽と離れる日は来そうもないかんじ。

えーと、あと3ヶ月か。
うかうかしてるとすぐ当日になりそうで、コワイ。





甘酒作ろう!

昨晩は、久しぶりに大好きな渋谷のLi-Poに行ってきました。

Li-Po(李白)

私は呑みすけでないので、なんでもないときになかなか行けないのですが、店主の美恵子さん大好き、お店の雰囲気大好き、窓から眺める渋谷の変わりゆく姿大好き。

そして、昨日のワークショップはこちら。

甘酒で作るトマトチキンカレー!

酒粕の甘酒も、米麹の甘酒も大好きなので、これは行かねば!
ということでいそいそと出かけました。

調理実習のようにセッティングされたテーブルで、まずは講義を聞き、甘酒の呑み比べ。



お猪口には八海山の甘酒。
グラスのものは、先生お手製の、餅で作った麹の甘酒。
うーん、どっちもおいしい!
酒粕甘酒はあっさりしていて、麹甘酒はほんとに甘い。

実は充電切れで、写真はこれしかありません。肝心のカレーが…(泣)

と言っても、ごく普通のトマトチキンカレーです。違うのは、煮込むときに水だけでなく甘酒が入ってることだけ。
カレーの味付けもS&Bのカレー粉ですから、特に変わった材料はありません。

出来上がってみれば、甘酒はどこいった??
八海山の甘酒だったので、すっかりとけこんでしまったようです。
甘いほうのものを使うと、マイルドなカレーになるとのお話でした。

もともと発酵食品はたいてい好きで、なかでも漬け物と甘酒は大好物。
ワンデイ断食するときも甘酒飲みながら、でやってたのですが、先生の指導メニューにも甘酒断食がありました。
おおー!うれしいじゃないか。

以前自分で作ったときは、実家の炊飯器を借りたり(うちにはないので、旅行中に借りた(笑))して、厄介でしたが、そんなんしなくても簡単にできると教わったので、作ろうと思います。

夏こそ甘酒で乗り切りたいので。

乾燥麹、どこで買えるかなー。
いつもの味噌屋さんにあるかな。



あーバランス悪い

いろんな意味、目下ぶっ壊れてます。
昨日のカードですかね。





フォーチュンカードとして、全27枚を毎朝ひいてますが、あんまり壊とか危とかでなくて、総じて穏やかなのが出ることが多く、それだけにヤバい系はヤバさを強く感じるのかもしれません。


土曜にひいたOSHOの愚者も、ちょっとこたえてるかんじかな。


そんなときは、自分で自分を癒やす、かたつむりみたいにこもって。

着物DISCO!部活行ってきた!

カテゴライズ悩みましたが、着物が前についてるから、着物だよね。

自分の踊ってる写真がないのですが、正真正銘、着物ってか、浴衣で行ってきましたよん。



向かって左は、私の着てる浴衣のデザイナーさんです。

ルミロック!!

この浴衣、うちに来て3年になるかな?
ここぞというときにオサレして着る浴衣です。

さて、今回の着物DISCO部は、部長のオダヒコさん行きつけの錦糸町BUZZで開催されました。
あたしね、錦糸町のこっち側行くの初めて!

BUZZ

ミラーボールとかステージの後ろ壁の鏡とか、もーなんか懐かしい!
そういえば、DISCOは29年ぶりです。社会人3年生までしか通ってないので。
新宿渋谷横浜。六本木にはほとんど行ってない。
今はもうなくなったお店がほとんど。
一緒に行ってた友人との中間点が渋谷だったので、いちばんたくさん行ったのは渋谷のラ・スカーラじゃないかなぁ。

で、ステップとかぜんぜん思い出せなくて、古い記憶をよみがえらそうとして、たーいへん(笑)
曲はほとんど記憶してるし、歌えたりするんだけどねぇ。
てきとーに体揺すってるうちにちょっと思い出したりしながら、エンドレスで流れる音に合わせてきゃあきゃあ叫んで、踊ってました。
ステッパーのみなさん、とてもかっこよかった。



16時30分頃から21時まで、びっちり(笑)。←やるな、ぢぶん。やり過ぎだよ、ぢぶん。
てなわけで、帰りの駅で階段降りようとすると、関節がキシキシと軋んで、もうたいへん!

電車のなかで、過去の反芻をしてみました。
他に比べてこの時代の記憶が薄いんですよね、わたし。
当時、ものを考えたくなくてとにかく汗をかいて時間を稼ぐためにDISCO行ってた気がします。
なので、そうしなくてもよくなった、というか、するべきでなくなった(=結婚した)時に行くのをぱたっとやめてます。その後も音楽は聞いてましたが、踊りに行くのはやめちゃった。
ある意味、自分にとっての黒歴史的な時代の思い出でもあるわけです。
まあ極端に言うと、死なない替わりに、踊ってたような。
でも、こうしてまたDISCO行けるくらい図太くもなれたわけで、生きててよかったんだよね、きっと。

着物を着るようになってなかったら、オダヒコさんにも会えてないし、もちろん昨晩楽しく遊んでくれたみなさんとも会えてないし。
いろんなことを思いながら、さて、どうやってここに書こうかなって悩んでいましたが、書いちゃえば楽になれるぜ、って囁きも聞こえたので。
やっと書けるようになった、ってことなんだろうね。


恐らく、不自然に封印した記憶だから、もうちゃんと戻ってくることはないんだろうけど、また踊りに行きたい。

そんなお帰り電車でした。


それにつけても足の痛さよ。








夏至の後の新月瞑想会

じわりと暑さが包み込む土曜、前回の新月以来の瞑想会です。




夏至の日、各地で大雨や風などで、交通機関が乱れましたね。
2017年前半に起こったあれやこれやを思い起こしながら、せめてこの雨がいろいろ流してくれたらなぁ、と思っていました。
実際には、たいしたことは起きていないのですが、心の中はいつでも混沌としていて、道を失いそうになるといちばん底にいるものが手をのばして『こっち』と引っ張ってくれる、そんな毎日。

今回の瞑想会は、休息がテーマなので、底のものを休めてあげられるのかな?と思いました。

ゆらぐろうそくの灯りをまぶたの向こうに感じながら、息を整えて向き合っていきます。
天の光、地の塩。
つながる安定感。
行きたいところ。
会いたいひと。

途中、セージやラベンダー、ローズ、シナモン、と幾種類ものハーブを焚いて、香り高い煙に包まれると、その香りに結び付く記憶が、ぽこぽこっと浮かび上がってきます。
より強いのは、ラベンダーにまつわる記憶。ラベンダーそのものもですが、ラベンダー咲く地での思い出が、思い出せないくらい久しぶりに思い起こされました。

シナモンの香りは、紅茶にいれたときなどよりももっと甘さが強く、こんなにパワーあふれるとは知りませんでした。きっとこの香りも、この会の記憶と共に残るのだと思います。

光のエネルギーが自分のなかにチャージされて、いっぱいになっても降り注ぐ光は止まず、どんどんあふれだしていきます。
持ちきれなくて、飲み込めなくて、手のひらや耳(ここは、笑うとこじゃないよ!)から、どんどん吹き出して、もう止まらないので、そのままこっちに戻ってきました。

瞑想後は、恒例。
スイーツをいただきながらのカード引き。
OSHOカードです。



愚者のカード。
騙されても裏切られても信じることしかできない愚者。
目端の利く人でなく、あたしは愚者でいい、と思っています。
愚者を哀れんで助けたり力を貸してくれる人がきっといるから。


それとは反対に。

光があふれ始めた頃からずっと、『抱き締めて』という声が聞こえていました。
どこのだれだかわからないので、探しに行かなくちゃね、と言うと、魔女てぃあらさんはこともなげに、「向こうから来ると上が言っている」と。
では、待ってみようか。
必要ならばこの手を役立てて欲しいので。


魂の休息は、こんな風に与えてやらないといけないのだな、と今回は強く感じました。
底のものがまだ静かに眠っています。








支える音

昨日は、例によって、米蔵にお籠りしてました。

しらべの蔵

相方のハモニカ吹きマッキーとの練習ですが、その前にちょっと、ピアノについて語りたい。

3回目にして、ようやく、というか、バッハをきちんと弾いてみての感想です。

ピアノそのものが大きくないこと、場所が蔵サイズで小さいことから、とてもやわらかで優しい音がしているのは実感していました。
今回、9月にある自分のピアノ発表会で弾くバッハの楽譜を持ち込みました。
平均律第1集の最後のプレリュード。
とても美しい曲で、第1集の中では好き三本指に数えています。
左手低音部が川のように流れる上に、アルトとソプラノが絡み合うような右手が乗っかっています。
この、右手を二声で弾き分けるのがなかなか難しくて、またも半べそ期に突入しているのですが、こちらのベヒシュタインで弾くと、指の意図がすっと鍵盤に伝わるのがわかりました。
あ、つたない僅かな違いを拾ってくれている!(出せませんが一応録音もしており、自宅で確認したのでたぶん勘違いではないと思います。)
ベヒシュタインの特徴に、音の立ち上がりが早いことと減衰が短いことがあげられるそうですが、わたしが弾くバッハは、まさにそれをいちばん要求しているのではないかな、と感じます。
それだけに、ぼろがまったく隠せないわけで、弾けば弾いただけ悲しみ(笑)も襲ってくるのですが、それはそれで修業の足りなさを形にして示されているわけで、明日への糧になる、はずです。

さて、マッキーとは、さらに時の経った11月にデュオデビュー(笑)をめざしているわけで、すでに何度もライブをこなしているマッキーとの差は歴然。
が、マッキーはプロとセッションしてるので、シロートたまねぎのつたなさにはじゅうぶんな理解があります。
そのうえで、ポップスだったり歌謡曲だったり、いわゆるブルースハープっぽくない曲を演奏する相方として選んでもらったので、ここは一発奮起して、気持ちよーく吹いてもらう伴奏でありたい。

今はまだ、合わせることと、レパートリーを増やすことで手一杯です。
そもそも昔から、譜面なしでカラオケ伴奏するときに2度と同じに弾けない、という瞬間的記憶消去傾向があるため、練習しても前回と同じにはならない(笑)。
コード譜で追っかけていくんでいいんだろうか、ちゃんとおたまじゃくしに落としこんだほうがいいんじゃなかろうか、と自問自答しながらの合わせです。

それでも、マッキーが好きな曲を楽しく気持ちよく吹いてくれたら、わたしも楽しいし気持ちいい。
誰もが知ってる聞いたことのある曲を演奏するのはけっこう冒険ではありますが、おそらく場の雰囲気とか一体感は作れるんじゃないかなぁと思っています。



90歳のピアノ。
年齢を感じさせない。




『おまけ』
ここから現実的に(笑)。
練習場として最高の環境なのですが、ちっと値上がりしまして…。
そうそう贅沢もできないねー、と。
しかし!練習パックにはあと3人入場可能!
あたしたちとワリカンで、ベヒシュタイン弾いてみたい、とか、あたしたちと唄ってみたい、とか、マッキーと会いたい、とか、たまねぎと連弾してみたい、とか、がっつりお受けします。
経費節減!



夏至の朝

昼がいちばん長い日。でも、記憶の中のこの日がお日さまさんさんだったというのはないように思います。

先日訪れた二見の浜では、夏至祭が行われたはず。夫婦岩の間から朝日がのぼるのを見ながら禊、という行事ですが、今朝はどんなお天気だったのかなぁ。

若かった頃は、暦とかお天気とかあんまり意識しないで生きていましたが、大人になるとなぜこんなに気になるのかなーと考えてみました。

私の場合。
お天気にフォーカスし始めたのは、子どもたちの行事がきっかけだったと思います。運動会や遠足、楽しみにしている行事が滞りなく実行されますように、といつも願っていました。
そのココロは?
お弁当何度も作るのいやだしー、延期とか中止になると子どもたち機嫌悪いしー、あたしも残念だしー。
(レベル低いですね、すみません。)

でも。そんなことがなくても、お天気を見ていると、ついでに暦にひかれるようになりました。
二十四節氣は、自然の動きを言語化したものでもあるし、自分の行動を区切る節目ともなります。
そのときそのときでやってることや感じてることがブレブレでも、コアさえしっかりしていれば、いたずらに流されることはないのだな、ということに思い至りました。

陽極まって陰に転じる朝。

迷うな。あたし。





ホイミべホイミベホマズン

昔なら紙に書いていた日記のかわりに、Facebookというツールを利用してるわけで、お出かけネタや美味しかった食べ物などをアップしています。
他、さらに個人的な想いなども追記してブログに残してあります。

でね、それを見ていると、「いつ休んでるの?」と思うんですって。
平日、フルタイムで働き、しかも郊外から新宿まで通勤していたら、土日ぐったりしない?って。
(そしてきっと、喉元まで来ていたに違いない、ご飯外食?という言葉(笑))

土日、条件さえ整えばおうちにいたいと思うのですが、これがなかなかね。
諸般の事情で、土日の家族在宅率が以前よりじわりと上がっているので、であったればわたしは、外に出ないと氣が休まらない。どうせ出るなら、買い物なんかじゃなくて、心の栄養が欲しいなと思うので、イベント行ったりお友だちに会ったりコンサートや美術館だったり美味しいご飯だったり。
そして、楽しかったな、面白かったな、と感じると、独り占めしてたら申し訳ない(笑)と思っちゃうので、ついつい報告してしまう、と。

て、話ながら、ハタと膝を打つ。

あのね?
あたし、ずーっと走り続けてるわけじゃないよ?

ちょっと走ったら、ちゃんと立ち止まって回復して、それからまた走ります。
たぶん回復力もそこそこあるけれど、どうしようもなくダメージ食らうまで走り続けたりしていません。
そして、再度走り出すときに、走り方変えたりユニホーム変えたりしているから、まるで変幻自在に見えてるのかも、と思いました。

過去、どれくらい過去か忘れましたが、お体を分析してもらったことがあって、こんな風に言われました。
『間違っても、マラソンとかトライアスロンとか、長時間同じことを続けるようなスポーツしないでね、向いてないから。』
解剖したわけじゃないので推測ですが、筋電図とか肺活量とかその他いろいろの測定値からすると、白い筋肉優勢なんだそうで…。

体がそんなふうにできてると、魂というか、中身もそれに合ってくるのか、それとも中身がそうなので体が合わせてくれるのか、タマゴとニワトリみたいなものですが、ど外れた組み合わせにはならないのかもしれません。

そして、ホイミ!くらいで回復できるうちにお休みして、次行こ次、っていうのがわたしの行動スタイルなんだな、と深ーく理解しました。

はたから見ていてヤバいよ!と感じたら、強制的に止めて、ベホイミかけてね。

というわけで。





蛍を見る夜(写真追加)

昨年に引き続き、今年も紅さんのご案内で、高尾山の蛍を見に行ってきました。

京王線沿線のかたは、ポスターでご覧になってるかもしれません。高尾には蛍が自生、じゃないな、なんていうの?天然の蛍が飛ぶ水場があるのです。
場所は内緒。

夕方16時に集合。
でも、この時期いちばん日が長い。暮れるまでにはかなりの時間があります。
予報が雨だったこともあり、暗くなるまでの半分は庭園、後半は沢の自然を楽しみました。


高尾駒木野庭園

前回も前をとおってとても気になっていたところでしたので、天候の都合で急遽行けることになり、いちばん喜んだのはわたしかも。

美しくお手入れされたお庭と室内は、一瞬、タイムスリップしたような錯覚に陥ります。
広縁から眺める雨のお庭、心を落ち着けなくても、ふっと瞑想モードにはいれました。

玄関脇の池には、なんとモリアオガエル。



実は、最初に見つけたときはもう一匹いて、お取り込み中(笑)でした。
その奥には卵の泡もあり、順調に世代交代しているのがわかります。



水琴窟があったり、狸の掘った穴があったり、美しいだけでなくちょっと愉快なお庭でした。

 

1時間ほどのち、さらに奥へと歩を進めます。
よく整備された林道をとおっての沢歩き。(水の中ではありません、沢沿いの道歩きです。)
植物や水生生物を観察しながら歩くのは、ほんとうに楽しい。
自分もいきものである、ということを思い出させてくれます。目だけでなく、耳や鼻の感覚を使って、いきものの気配を感じとると、そこに生まれるわずかなコンタクトがとてもいとおしい。
虫だったり、鳥だったり、花だったり、水音だったり。
日常ではお目にかかれないものたちが、闖入者であるわたしたちを排除することなく、受け入れてくれてありがたいこと。

休憩して少し食べ物でお腹を黙らせ、いよいよ蛍を見に行きます。

川に沿って藪の道を行くと。

川面や葉隠れに、ぽぅっと浮かぶ黄色い小さいあかり。
ゆっくりと、点滅しています。
蛍だ!
(今回、見つけていちばんに声をあげたのはわたしでした、えっへん。)
はじめのうちは、じいっとしてその場で点滅しているだけですが、しばらくするとふわっと飛び始めます。
点滅しながら飛ぶので、軌跡を追っているつもりでも、思いがけないところまで移動していたり、見ていて飽きることがありません。

山ほど飛んでいるわけではないのですが、そのあたりに目をやるとぽうっと光る。移動するとまた別のがぽうっと光る。
そんなリズミカルな徒歩と点滅は、音楽で言うと、ウィスパー系のBossa のような。

そして、少し青みがかった黄色い光は、御霊さまを思わせます。
時々ぽろんと、目から何かがこぼれ落ちているのはわかっていました。

スマホでは蛍のあかりは撮れません。
これは、できたら実物で体験していただきたいです。


また来年ね。
来年会うのは次の世代の蛍たち。



記憶の糸

昨日。
1年前に召された同級生の墓参に行ってきました。
わたしのかよっていた高校は、3年間クラス替えがないので、同級生は46人しかいません。
そんな仲間を喪うのはほんとうに寂しいです。

彼の地元に近い板橋の東京大仏さんのお寺に、代々のお墓がありました。
少人数ではありましたが、集まって墓参できてよかったです。

大学の同窓会のときにも書きましたが、当時親しく会話をしていなかったのに、今になって深い話ができたりするのは、やはり共通の思い出をたくさん持っているからなんだろうな、と思います。
あの頃乗っていた地下鉄、誰かの出身中学、部活の試合帰りに歩いた盛り場、当時と同じものはないのだけど、それはそこにある。

時を超えて、共にある。


肉体は向こうにいってしまっても、彼の記憶を持つわたしたちがいる限り、彼の存在は消えることなくここにある。

昨日はそれを強く感じました。



うちの車とわたし

昨晩、めっちゃ久しぶりに自分ちの車を動かしました。
あ、いや、車そのものはよく働いてるんだけど、わたしが運転する機会が少なくて。
我が家名義の車はこれが5代目。
スズキ→トヨタ→ニッサン→ホンダ→ホンダ。
その前の実家ので自分で転がしたやつだとトヨタ→三菱→ニッサン。
スバルとダイハツがないな…。他にもあったっけ。


相性はそれぞれあると思いますが、スズキのジムニーと、今乗ってるホンダのモビリオスパイクは、とても運転しやすくて好きです。
たぶん身長のせいで、車高の高い車が好きなんだと思いますが…。

で、昨日。
乗ったらなーんか違和感のある場所がひとつ。
どうしてもそこに意識がいってしまうんだけど、何かが置いてあるわけじゃない。なんだろう。

はっ?もしやそこはヒューズボックス?

しかし見渡す範囲の電気系統に不具合は見当たらず。全部ちゃんと動きました。

あー。めんどくさいからいちばん乗る人に丸投げしよう。
たぶんどこか切れそうなんだろうな。
ブレーキランプかな。なんとなく。

モビリオちゃん、そういうのは、いつも乗る人に訴えなさいよ、あたしじゃなくってさー。

気づいてもらえないから、名義人じゃないわたしを使うんだろうけど…。


この筋肉痛はどこから?

昨晩あたりからなんだか胴体の脇が筋肉痛ですよ。
原因が思いあたらないのですが、もしかすると週末に持って歩いたボストンバッグですかね。
三重では車とわかっていたので、金曜朝晩のラッシュ時に電車乗ることを思うと、キャリーをひく気にならず。
たいして重くないと思ってたんですが、ツレが重い、と。(笑)
あ、そうだったのか。あたしの荷物。

きっちり3日後に出るあたり、体は嘘つきませんね。

てなわけで、今日はエアロ行ってきました。

ボディメンテのプロ幾人かに、インナーマッスル衰えないように維持しなはれ、と言われてるので、せめて木曜のエアロだけは続けたい。
サボり癖ついてるけど、もう少し続けたら、体の動かしかた思い出すかな。

(ほんとは、もうちょいダンサブルなのやりたいんだけど、たぶんむーりー(笑)盆踊りみたくなっちゃいそうで。)

そうだ!月末日曜は着物でディスコだ!
汗かいても気にならない浴衣で出動かな。
はい、そこのあなた、ご一緒にいかが?



初夏?の神様ロード(お宿編)

書こうとして気づきました。
お宿そのものの写真がいっこもない…。

気をとりなおして。

津の奥の方、元は久居市だったところですが、そこには温泉があります。
美人の湯といわれる榊原温泉です。
伊勢からも鈴鹿あたりからも車で1時間ちょいくらいで来られるので、奥座敷と呼んでもよさげなロケーションですが、そういうキャッチコピーを聞いたことがありません。
今回はそこにお宿を取りました。

榊原温泉白雲荘

ええ、温泉旅館で贅沢!ではなくて、上のリンクのトップページに出てる『ぱちぱちはくしゅぷらん』でございます。
これだよこれ、と盛り上がりまして、予約しましたの。

温泉の中心街から少し離れた小高い丘の上の一軒宿。
ザ・昭和の宿!的なとこです。
バブルの頃はきっと観光バスの団体さんもたくさんおみえだったでしょう、増築に増築を重ねた様子がうかがえます。

いつもニコニコ現金払いのぱちぱちの一行は、いちばん古い本館に案内されました。
窓からの景色。



見渡す限りの緑に包まれて、日頃新宿の超高層ビルで閉じ込められた陰鬱な気持ちは、すっかりどこかへ飛んでいきました。
泊まり客も少なく、お食事前に行ったお風呂は貸切りでしたし。

そして、懸案事項の晩ごはん。
激安プランのお食事だから、ちょっとしかないんじゃね?と心配するも。



確かに、正規でお泊まり(と思われる)のかたがたに比べたら、若干色合いが異なっておりましたが、これだけ出していただけたらじゅうぶんです。
少なくとも、50代のグループなら、大満足お腹いっぱい。

部屋食でなかったり、廊下の電球ががばっと減らされてたり、露天風呂が壊れてたり、部屋のシャワーから湯が出なかったり、蛍がまだ出てなかったり、まあいろいろあげればあがりますが、別にそんなのどうでもいいです、私たちには。
豊かな自然に包まれて、良いお湯と美味しいご飯、ゆっくりと語り合える時間があれば、お布団がセルフのぱちぱちで満ち足りてます。
Wi-Fi も途切れ途切れながら飛んでたし。

はしゃぐ50代、23時前に沈没。

朝。年寄りは早起き。
早寝のせいもあるけど、絶対それだけじゃないよ(笑)
お風呂が6時からでまだ1時間もあるので、二度寝しようとしたのだけど、寝られない!で、またしゃべる。
今日の予定も決めずにしゃべる。
お風呂は、男女が入れ替わって、大きいほうへ。そして、ぶっ壊れてる露天風呂を見て、非常に残念だと思いました。景色最高だったのに~。

朝ごはん。



朝からこんなにいっぱい食べることないので、時間かかっちゃった。
そして、食べてる間も予定も考えてない。
いざ出かける段になって初めて誰かが言い出すのです。
「今日、どこ行く?」
誰も何も考えてないのよね、というか、もしかしたらわたしの方がよく知ってるのかも。
案の定、頼られました。
「どこかいいとこない?あんまり遠くなくて。」
なぜ、東京都民に三重県の案内をさせるのだ…。

結局、松阪市の奥の方、香肌というとこに行って香肌茶を買い込み、津に戻ってお昼ご飯食べて、そのまま北上して手頃なとこで解散しました。
うん、なかなか面白い旅路でしたよ。

わたしが三重で遊んでると、志摩在の友人が「三重ってる」と言うので、使うことにしました。
来月も三重る予定です。ぷぷぷ。




初夏?の神様ロード(ちゃんと神様編)

二見浦の駅から車で浜の方向へ。
擦れ違うのがやっとの細い道を行くとそこに。



『みしおどの』と読みます。

神宮の御塩

現地では読み方わからなくて、み?お?でん?どの?とうだうだ。その場でググれよ、と思うでしょ?
でも、あえて調べませんでした。名称がわからなくても、その場を流れている氣を感じとることはできるからです。

いくつかの建物が、森の中に点在しています。
神様が祀られているわけではないので、お賽銭箱もありませんし、屋根も神宮の御造りではありません。
でも、日々お掃除にも来ておられるようで、きれいな掃き目がすべての道に残されています。
奥まで行くと、汲み入れ所と焼き場が並んでいました。そのすぐ向こうは海です。



ここから外宮さんまで塩の道が続いています。
調べが甘かったので、御塩田には行き損ねてしまいました。またいつか。

というわけで、次は当然外宮さんです。
が、そのまえに、前回夜でよく見えなかった、河崎町の河邊七種神社再訪。
明るいところで見ると、やはりとても立派なお社です。いろんな神様が祀られて、お稲荷さんもご一緒で、地域に愛されてるんだろうなぁと思いました。

そして、塩の道をたどって、外宮さんへ。
眠そうな笑智号さんが迎えてくれます。



正宮、別宮三宮、下御井とお参りして、今回は初めてのお社へ。
以前、友人から、外宮さんの域内にあるお稲荷さんは鳥居が神明で変わってるよ。って聞いていたので、そこへ。
これもうろ覚えだったので、門衛さんに教えてもらいました。
あこねさんと呼ばれているそうです。
鳥居は確かに神明型だし、なにより朱塗りじゃなくて白木です。
そんなお稲荷さん初めて見た。

ご神木が杉と楠の向かい合わせで、これまた風変わり。
残念ながら、ご朱印は午前中でないといただけないそうです。次回だね。

塩の神様ロードを完走したので、今宵のお宿へ!

続く。





初夏?の神様ロード(あんこ編)

アテンドしてくれる人がいると、ノープランで乗り込んでしまう三重県(というか、東海地方。)
ストロベリームーンの見守る中、のぞみで夕焼けの名古屋まで。やっぱり日の入りが遅いね。
近鉄に乗り換えてとっぷりと暮れる頃駅に降り立ち、見上げればくっきりとお月さま。



東京では雲間だったりぼんやりだったりしたそうなので、これはやっぱり歓迎のしるし、と勝手に思い込むのはいつものこと。

今回のメンバーもわらわらと揃い、ひとしきりおしゃべりして、翌日ノープランのまま就寝。
しゃべる前に決めなきゃだめじゃん、とは微塵も思ってません(笑)。

翌朝、目覚めは早い、年寄りばかりだから。そして、窓を開ければ空が明るく青い。
去年の暮れ、ブログに二見のおもろいこと書いてあったやろ、と言われ、うんうん、あれは美味しかったよ、と答えると、食わせろコールが激しいので、行き先は二見に決まりました。

二見あんこまみれ

あたしのまわりの人はみなさんあんこが好きです。類友もしくは遺伝子でしょうねぇたぶん。

まずは、ご神領に入る前に、へんば餅でおきよめ。あんこロード、じゃなくて神様ロードだってば。




二見の海は今日も穏やかです。
夫婦岩撮らないの?って、なんの罰ゲームですか(笑)
ここから撮る人はいないよ、なところから。



ここね、しめなわのてろーんとした具合が好きなポイントです。
人もいないし。
セントレア発着便が見えたりして、雄大です。

実は二見、今回が4度目で、ぜんぜん究めてません。龍宮社も初めてお参りしました。
お参りの前に、お社下の浜で遊ぶ、など。



砂に足をめり込ませたり、貝殻探ししたり、とてもいいとしの大人がすることとは思えません。みんな50代さー。

無事にお参りできたので、いよいよ二見あんこロード開始です。
まず、勢語庵。



分か去れのところに建ってるので、入り口が三面にあるおうちです。お店用は二面。
入るとつばめが出入りしていて、あれ?と見上げると、梁の上に数えきれないほどの巣があり、その下を糞避けのために笊で受けています。
お店のかたに尋ねると、新しい巣を作ることもあれば、古いのをリフォームすることもあり、巣が増えることはあっても減ることはないそうです。

定番の塩ようかんを試食してご購入。

お次は、前回どおりなら酒素まんじゅうなのですが、ウァンのまんじゅうの重さを余りにも車中で強調しすぎたせいか、パスしたいとのご意向。(;_;)

お店の前だけ通ってウァンへ。
時刻もお昼近くなので、これが昼ごはんよ、とばかりに、肉まん餡まんセットで一人2個です。



ウァンの店頭には食べられるところがないので、どーする?となりましたが、二見浦の駅舎でどうよ?と。
私は列車で行動しますが、東海人はみんな車ばかりなので、駅舎をきゃーきゃー喜んでました。
そこで、観光案内を見ながら次を探すのですが。

『御塩殿神社』
それはもしや、神宮の御塩を造るところ?
それっとばかりに向かってみました。

続く。

またまた再会

続くときは続くもので。
またもや大学のぷちぷち同期会がありました。

九州在住者が出張で上京するよ、飲むよ、とFacebookに書き込めばたちまち10人集まる、驚愕の集客率。おひとり急なお仕事で欠席でしたが、それでも9人。
61分の9は多いか少ないかったら、あたしは多いほうだと思うのです。

みんなそれぞれ今をきちんと生きていて、オフィシャルもプライベートも忙しいお年頃ですが、ちょっと声かけて集まれるのは、やっぱり同じ時期に同じところで過ごしていた気安さなのかな。

前回も書きましたが、在学中しゃべったことないだろ、なはずの人が尽きることなく語り合うのを見てると、あの頃はシャイだったのか、それとも、なんとなく住み分けしてたのか、なーんてことを思いました。

学生時代なら30分くらいでなくなったであろう皿数を、3時間以上かかって片付けるあたり、やはり老い(笑)は隠せません。
そらそうだ、まもなく全員アラカンだもの。

年賀状だけやりとりが残ってる、なんて話も出て、質問の返事が1年後に返ってくるアナログな話とか。そういえばあたしもそゆ人がいるさね。
アナログな関係ほど、切るに忍びないというご意見も。まったく同感です。

ちょっとしわが刻まれたり、ちょっと白髪が増えたり、ちょっと重心が下に落ちたり、ちょっと横幅ワイドテレビ(死語)だったり、おっちゃんおばちゃん、楽しく過ごした夜でした。







時効だからいいよねー。
昔好きだった人ってさ。今会ってもやっぱり、どきどきするのね(笑)。


呼ばれた物語

先日、読みたい本があったので行きつけの書店へ。行きつけって言っても、最寄り駅前で、ポイントカード持ってるだけですが。

目当ての本はなくて、取り寄せ注文しなきゃなぁ、と思いながら文庫棚の前を通ると、平積みの本の前で足が止まりました。
地震以降、物語を読むことを少しおそれていて、新しい作品作家を探すことをほぼやめていました。あの地震そのものではなく、それ以降じわじわと時間をかけて、自分の中の何かが劣化して崩れ落ちていくのを感じます。地震より後に書かれたものは多かれ少なかれ地震の影響を内包しているので、それが劣化と崩落のスピードを促進させる気がして。(事実、物語でなくてもそれは感じました。)

それで、古くなじんだ作家のものや、古小説を読んでばかりだったので、窪美澄という作家は、名前しか知りませんでした。話題作があるのも知っていたのですが、読んでいません。
でも、装丁の上半分、帯に隠れていない部分の足を見たとき、あ、これを読ませて、と感じました。
こっそりと帯を外して、もう片方の足も見て、うん、これ読もう、と。
いわゆるジャケ買いです。

そして。
読み終えて。
尾崎世界観の解説、最後の3行に、くっと鼻の奥を突き刺されて、涙をこらえる朝の京王線。


大人の恋愛小説、と帯には書いてありますが、そんな出涸らしの番茶みたいなことばでいいのかな。




いつかね、こんなのを書けたらと思っているけど、そうしてるうちにきっとお迎えが来る、もういいんだよこっち来いって。


ココロスケッチ

大事なおともだちと少しだけ言葉を交わしました。
住むまちや境遇は違いますが、なんだか心の奥底でつながっているかな、つながっていたいな、と思っているひとです。

彼女とおはなししていると思うのは、自分の心の中にある、小さな芽をそっと育てていくのがじょうずだな、ということ。
やれ水だ、やれ肥料だ、と大騒ぎしない。
でも、とても大切にして、そして手間をかけてやる。するといつのまにか双葉が出て、本葉が出て、つぼみがつき、花が咲く。

真似したいな。

あたしの育ててる本葉は、いつまでたっても葉っぱしかでてこないで、なんだかわさわさと大きくなってしまってる。花どころかつぼみすらつかない。

んでも、まいっか。
たぶんせっせと光合成して、酸素を撒き散らしているんでしょう。
それで一息つけるひとがいるんなら、それでいいや。


彼女にまた会いたいな。


変化変容

先週




今朝




同じ花ではありませんが、ほぼ同一エリアなので、土が同じです。
ちょうど1週間で、ここまで色が変わりました。


インナーマッスルに支えられるコアのあたしは変わらないけれど、その外側には何種類ものアーマー持ってて、日替わり装着。

座敷わらしだったり
肝っ玉ばばあだったり
女衒だったり
金魚だったり
仕掛人だったり
お遍路だったり
インド人だったり
織子だったり
お母さんだったり
染子だったり

その場に欠けてるピースを埋めること。
そのために形を変えることは厭わない。
それがあたし。

らしいね。どうやら。


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ゆる~く生きてます。
好きなものがたくさんあります。

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