車窓から

このまちに住んで30年近くになる。
中で転々とはしてるけど、生活圏が同じところにこんなに長く住み着いてる。
だのに、この根っこの無さ感はどうだ。
それくらい、幼少期の育成は大事ってことかもしれない。


そして、30年見続けたこの景色。
森が確実に減り、空が切り取られ、川の土手が土でなくなり、プールのあったところは住宅地になり。
電車の行き先表示は、線路の延伸とともに変わった。
乗客数も比較にならないほど増えた。


それでも。
キラキラ光る川面のゆらぎは変わらない。
向こうに見える富士山も。

小さくぶれてるあたしも、からだの真ん中を通る芯だけは折れないようにしなやかに通しておく。
それでいい。
固くまっすぐだと、あたしは、ぽきんと折れちゃう。少ししなるくらいがいい。

時々、まっすぐの角度だけ確認しよう。

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黒の着物

昨日は、新月。つまり旧暦の元日にあたります。
そんなひっそりとめでたい日に、着物イベントに参加してきました。
題して『勝手に平和祈願 黒装で明治神宮参拝!』
主催は「天晴れ!キモノ」のみなさん。


黒い着物イベントと言えば『黒留NIGHT (TM付き)』が思い出されます。わたしも過去2回参加して、それはそれほ楽しかった夜でした。

今回のは主催も違いますし、黒装。つまり、黒地の着物ならなんでもいいよ、と。
なんとなく、ではありますが、黒留袖はやっぱり黒留NIGHT用にとっておきたい気持ちがあります。単なる個人的なこだわりです。


当日は、黒留袖、黒の訪問着、黒の小紋、黒地の絞り、さまざまな装いが大集合。



わたしは、黒紋付きを着てみました。
リサイクルで夏冬合わせて入手したので、いつか着て出かけていろいろ確認はしておきたかったのです。
ちょうどいい機会でした。

お友だちが教えてくれたこと。
紋付きは、弔事以外でおろすと、慶弔両用にしてよいのだそうな。
わたしの手元に来てからは初のお出かけですし、神社参詣ならばこれ以上の慶事は今のところ思いつきませんから、これからは帯を選んで、お祝い事にも着られます。

それでも、やはりどこかに遊び心欲しくて、こんな感じにしてみました。




あんまりあったかくて、着ていられなかった羽織は、ウールっぽく織り上げたポリ素材、とてもぬくぬくのルミロックの豹?柄です。
帯は、すこしキラキラしてる袋帯で普通のお太鼓に。
帯締めはなんだかよくわかんない皮素材の赤系紫系の色混ぜ混ぜ。
帯留めはなんの形かこれまたよくわかんない仮面みたいな模様。

お隣のひろみちゃんは、前結び学院のお仲間です。こちらは黒地のすてきな訪問着。あれ?付け下げかな?

いろんな黒で参拝してからみんなでご祈祷。
合間にはご朱印もいただきました。




よく考えたら、1月に明治神宮にお詣りするのは、高校生の頃以来かも。
いつも関係ないときに来て、あんまり人がいない印象が強く、初詣以外でこんなにたくさんのかたがお詣りに来てるとは予想外でした。

精進落としならぬ夕の宴は、渋谷で四川料理。辛かった!でも美味しかった!
幹事さん曰く、ほんとは激寒冷え冷えの体をトンガラシであっためる、という予定だったそうで(笑)。
想定外にお天気よくてあたたかい一日でしたからね~。

んなわけで、二度目の新年は、晴れ晴れと明けたのでした。



旅心

ちょうど1年前は、大人の休日倶楽部パスを握りしめて、札幌に向かっていました。
2年前と3年前は、釧路でした。

北の冬ばかりじゃなく、別の時期には沖縄とか奄美とか八丈島とか(南の島シリーズかい)
伊勢とか伊那とか(頭韻シリーズかい)
けっこうあっちこちほっつき歩いています。

漂泊の星のもとに生まれた、と某占いで言われたことがあるので、しかたがないのかもしれません。
または、ご幼少の砌に転勤族の子どもとして育ったので、根っこがないせいなのかもしれません。

どこに行くのも楽しいし、どこのまちでもきっと暮らせると思うし。
その反面、どこも自分の深い根っこをおろすとこではないとも感じます。

一生こうやって場所を探して旅を続けるのかもしれません。
自分探しでないだけマシか、と思います。

そう。
旅に出ると、たとえ旅仲間が共に在っても、自分が自分であることを強く感じるし、居場所は土地に縛られるものでもない、と思います。

今年は何年ぶりかで、ここに行きたいとこころづもりをしています。


熊野本宮


殺伐としてる駅で

わざと当たってくるひと
敢えて人の行く先を塞ぐひと
前行く人に鞄をぶつけるひと
通れないところを無理矢理通り抜けるひと

悪意もあるんだろうけど、
なによりも。

自分のからだの大きさをはっきり理解してないというのがありそう。



心とからだの大きさが一致してないと、納まるところに納まらない。

いつも等身大でいたい。


スタイリングアート

お友だちのミシェル由衣ちゃんが、個展を開いています。

ミシェル由衣ちゃんとは

できあがったコーディネート作品の展示もありますが、絶対、その場でレンタル&スタイリングしてもらったほうが面白いに違いない、と、開催前から確信してました。

昨晩、蜜月の店主である竹姐が行くときき、どんな竹姐ができあがるのか、そんでついでにあたしもやってみよー的ノリで、押上の個展会場に行ってみました。




こ、これは…魔窟です!
和洋取り混ぜていろんな服がてろーんとぶら下がって新たなご縁を待っている、の図ですね。

そんな中から、竹姐とわたくし、由衣ちゃんのイマジネーションにお任せで着せてもらいました。



説明は、由衣ちゃんの言葉で読んだほうがいいよ。

由衣ちゃんのブログ

着ていた時間は2時間半くらいなのだけど、そのあいだ不思議なくらいこの着物がしっくりなじむし、色もぜんぜん派手に感じないし、楽しい気分で満たされてました。

ふだん着物を着るとき、そんなに形をアレンジすることはなくて、見た目的にはフツーに着てることが多いです。
でも、きっちきちに縛られてなくゆるっと着ています。(物理的に、ではなくて、心理的にね。あれ?紐も緩めか。)
なので、ここまでスタイリングしたことはなかったんだけど、いやぁ、これ、楽しいね!
手持ちもどう合わせるか、とか、今着てる服とどう形にするか、とか、世界が何倍にも広がる感じを体験できました。

着ていたのは、タートルネックの茶のセーターと、アジアンテイストのワイドパンツ(ネパリパンツってやつです。)でした。
その上から着物着せてもらったので、裾はこんなです。



これを生かすために、着物は裾すぼまりでなく、台形に少し開いて着せてくれました。
帯揚げがわりの水玉ストールも利いてるし。

自分の中に持ってるポップなもの好き、綺麗な色好き、アジアへの想い、とかの要素をみんな引き出してもらったと思います。なので、これは単なるコーディネートじゃなくて、アートなんだなぁ。
由衣ちゃんのブログには、着物への熱い想いも載ってるはずなので、ぜひ探してみてください。
礼装着付けのお仕事もしていたので着物の知識も豊富な師範だし。

ポイントレッスンを受けると、自分にいちばん合った着方を教えてもらえるんじゃないかなぁ。


帰り道ずっと考えてた。(なにしろ道中長いのでね。)
洋服も和服も所詮は服。着てなんぼ、着られてなんぼ。それなら、自分好みに楽しく、似合うようにアレンジして着倒すことで、自分も服もよろこぶはず。
もちろん、冠婚葬祭の礼装のルールははずさない。それは長いあいだ守られてきた、心を形に表すための知恵の結集だから。
でも、それ以外は、思うように着ていいんじゃないかなぁ。

そういう着物の世界への第一歩をもし迷ったりためらってるかたがいらしたら、わたしはそれを手助けできたらいいなぁ、と思っています。
楽しい着物。遠い世界ではないですよ。

ふるさと納税してみたよ

いろいろお薦めをいただいたので、2016年末に駆け込みでふるさと納税というものをしてみました。
源泉徴収票が届いてなくて、自分の税額がよくわからなかった、恥ずかしいとこから始まりましたが、ま、初回ですからね。
PC不調なため前年度の確定申告資料も引っ張り出せず、とりあえず曖昧な記憶を辿り、納税額を超えない程度に試算して、れっつごー。

出身地はここでーす、という明確なふるさとを持たないためどうしたもんかな、と思いましたが、まずは災害支援を、と。
2016年も各地で自然災害ありましたし、暮れには大火もありましたし、直接行くことができないならまずはこれで気持ちだけでも、と思います。
(時が経てば経つほど、物資でない支援がやっぱり役に立つ。)

そして、残り枠でお楽しみを。
今まで住んだことのあるところを見てみたけれど、なんかぴんとこない。
じゃあ、旅先で気になったり、行ってみたかったり、お友だちからご紹介いただいたもので好物を選ぼうよ、という基準にしてみました。

いろいろなんだけど、これ、思ってたよりもお洒落でかわいいパッケージで届いたので、思わずぱちり。



三重県松阪市飯高地区の、香肌茶です。
生産量がそれほど多くないようで、お茶屋さんでも見たことがないかも。
お友だちのおすすめです。

納税にこんなお楽しみがついてくるなら、毎年これでいこう、と思いました。
支援と返礼品の二本立ては、組み合わせに悩む時間も納税者意識アップによいですね。








朋有り遠方より来たる。

大阪からお友だちが上京してきました。
そう、近日中にお誕生日ということで、みんなでお祝い会です。

着物がきっかけでのつながりなので、多くのかたが着物参加。
こんなかんじー。



なんか一昔前の写真みたいですが、違います、昨日です。
お店がすんごくレトロでそれもそのはず、創業明治三十八年とのこと、日本最古の居酒屋、らしいです。

みますや(淡路町)

ここで、10人ばかりわいのわいの楽しく飲んで食べて喋って~。お口の止まる暇がない4時間。←をい(笑)

話題に出てきたのですが、古くからの友だちも楽しいけど、50代に入ってから知り合った人といるのはもっと楽しいね、って。
そのわけを考えると、わたしの場合は、地域とか子どもとかの別要因で結びついたものでなくて、純粋に自分だけの関係、自分の好きなもの好きなことをとおしての関係だからかなぁと思います。

時間の流れかたも、人生折り返しを過ぎてるからめちゃくちゃ早いし、それがある種のリズム感を持っているのも心地よいのかもしれません。

そしてなによりも。
それなりに生きてきた自分の目が選んだ友人は、自分にとって間違いようがないよ。どこにも無理がなくて、取り繕うことも必要なくて、だけどぬるいだけじゃない。

そんなひとたちにめぐりあえたことを、とてもありがたく思ったひとときでした。

ともさん、お誕生日おめでとう。


そうそう、昨日は『ともこ』率3割。なんという打率。
類は友を呼ぶのか。




土産物を喰らふ

続けて気学ネタです。
土用なので、つい暦を見ながら妄想しているせいか、思いつくのは関連事項ばかり。
脳内回路がいかに単純にできているかの証明でもあります。



先日、ちょっと日が経ってしまったけど、と言われつつのお土産物をいただきました。
そっち方面に行くのならこれ食べたい、と軽いノリでお願いしたら、買ってきてくれたのです。
もともとそのかたにとって良い廻りでのお出かけだったので、きっとごきげんも麗しかったのではないでしょうか。

で、そういうときのお土産物って、ちょっとしたものであってもとてもパワフルなかんじがします。
食べ物ならより美味しいし、置物ならでっかく見えるし、布製品なら手触りや柄が好みどんぴしゃりだったり。

よいときによい方位へ行くと、きっとその運気を内包してるんでしょうね。
本来の土産物ってそういうものなのかもしれません。


自分が方位採りに行くとき、自宅へのいちばんの土産は現地で採水することだったりしますが、近日中に確実に会えることがわかってるかたには、やはり土地のお菓子をお持ちすることが多いです。
有名なものが無難なのかもしれませんが、あまり知られてなくて美味しいものを探すのも、旅の楽しみだったりします。
(と言いつつ、年末のお伊勢さんときみたいに自分だけ食い倒れてることのほうが多いんですが…)

自分だけホクホクしてないで身近なかたへのおすそわけ、を心がけてお出かけしようっと。
あまり事前に騒がなくて申し訳ないんですが、行く前に『みやげ~!』と叫んでください。リストに掲載させていただきます。


てなわけで、おせんべいぱりぽり。
いやこれ、あんまりぱりっとしてないんだけどね。





土用期間は心静かに

土用と言えば丑の日に鰻を食べる…。
あれれ?それは夏の話で。
ですが、実は土用は各季節ごとにあります。今は春を迎える前の、冬の土用です。
17日から立春までの半月余りがその期間に該当します。

土の氣が支配する時期。尽きたものを土に還し、新たな芽を育む→季節の変わり目を感じとる、そういう意味があるそうです。なので、昔からこの期間は土いじりをしちゃいかん、と言われていましたね。
人も同じで、根っこを動かすようなことはしないほうがいいらしいです。
らしいですが、50ん年の過去2回この期間中に引っ越しをしてますね…。(笑)まあ、知らなかったんだからしかたないよ。それでも、この程度には生きてこられてるので、しらずしらずのうちに人生は凹凸補い合ってるものなんだ、と思っています。

で、冬の土用が終わると春がきて、新しい年の始まりです。太陽暦でのお正月に続き、太陰暦の新年がくるので、冬の土用期間はいつもお得感でいっぱいです。
12月末のどたばたと違い、ゆったりした心持ちでもう一度新年を迎えることができるのですから。

この季節はいつも、今年はなにをしよう、どこへいこう、と妄想を練りまくっています。

今年のわたしは、南西方一択、迷う余地なしなので、行きたいところは既にかなり絞り込まれています。
遠い方から、沖縄、奄美、九州(主に南半分)、四国(こちらも主に南半分)、紀伊半島、伊豆。
なかでも、沖縄奄美と、紀伊半島(熊野三山と山奥のあちこち)をターゲットにして、練り練りしています。

師匠の肝煎りは沖縄になる予定なので、自分では紀伊半島をメインに据えようかと。
とはいえ、沖縄も暴走して離島三昧という手もあるし、と妄想はとどまるところを知りません。

誰か止めて!という、心静かな(←大嘘)土用を楽しんでいます。


裏をとる仕事

あー、別に捜査とかしてるわけじゃあないです。

出てきたデータの妥当性についてどうやって確認するか。
権限のない状態で、ときには別のワンショットを実行してまで検証せざるを得ない環境だったりしますが、それでもやるときゃやらねばならぬ。

そこへ、お試し活用してみれ、とあらわれた新たなツール。
これが当初の目的外でものすごく活躍してまして、飛躍的に裏取りがしやすくなりました。

で、当初の目的は、というと、評価的にはあれ?なかんじですが、さすがに「それはいらない」とは言いにくく、どうお伝えすればいいかなぁ、と思案しています。

なんちゃってSEの性といいましょうか、もらえるものは全部もらっておきたいのです。だって、次いつチャンス来るかわからないんだもの。
でも、今はアクセスログも取られてるわけで、使ってないと権限取り上げられちゃうしな~。



裏をとっていて思うこと。
やはり、緻密に設計したのでない思いつきっぽい制度は、もしかすると…と思わされる部分が見受けられます。
そして、それを最後に辻褄合わせしなくてはならない部署。
ストレスや不満が渦巻いていても不思議ではないのですが、思いの外、平穏です。

慣れっておそろしい。(違

いや、でも、それほんとに慣れなのかもしれません。
わたしだって裏をとる、いわば重箱の隅をつつくようなことをもう何十年もやってるけれど、別に何も感じなくなりますもん。
もともと、わがままでいぢわるだから、この仕事には向いていたのかもしれません。

さあ、また裏取り再開するか。


1年後の糸

昨年の1月17日、ご縁があって、スリランカから来日していた上座部仏教のお坊さんに、心の糸を結んでいただきました。

切れるまでそのままに、ということだったので、きっと半年くらい経てば切れてどこかにいっちゃうんだろうなぁと思っていました。

ところがどっこい。
まだ私の右手首に鎮座ましましております。


そら、無傷とは言いがたいですし、真っ白だった糸もいわゆる年期の入った色に変わっていますが、まだ数本繋がっています。

あのとき、何を思いながら結んでもらったっけなぁ。


1月17日は、多くの人が共通のできごとを記憶している日だと思います。また、私もそうですが、個人的な記憶と結びついているかたもいらっしゃるはずです。

忘れることで消えていくもの。
忘れないことでしか残せないもの。
柱の傷のように、ふとしたことで目に触れると、鮮やかによみがえるあれこれが楽しかったり哀しかったり。

この糸は、忘れないよ、と伝えるための糸電話なのかもしれません。


細く長く続けられる性質

昨晩は、通勤経路上にある小規模ホールでのコンサートに行きました。

このまちには音楽大学と女子大があります。そのせいなのか、なぜか市役所所在駅よりも早くから、おしゃれっぽい発展をし続けています。
もし、都立高校に進学してなければここにある学校にかよっていたはずなので、親近感もあります。←とすると縁ができてからもう40年にもなるの?

コンサートの演奏者は、もう長らくゆるおっかけをしているヴァイオリン奏者さんを含むピアノトリオ。
いずれのかたもヴァイオリンのかたとの共演などで、私にはお馴染みかつ大好きなアーティストです。

ゆるおっかけを始めてどれくらいになるのかな、と指折り数えてみたら、14年くらいたつことがわかりました。
きっかけは、ピアソラのタンゴを演奏するトリオリベルタを知ったことでした。

全公演行く、などということはできませんが、年に2、3回はおっかける、そんなレベルで聴き続けていつのまにか。

よく考えてみると、モノでもコトでもヒトでも、関わりかたはいつでも細く長く、みたいです。
そのため熱意とか真剣さを疑われることが多く、つまり誤解されやすいのですが、本人としてはいたって真面目に取り組んでるし、とても大切に思っていたりします。

まあそれは生まれ持った性質なのでしょうからいたしかたない、とあきらめるしかありません。
一度自分のインデックスに書き込んだものはなかなか消せない性分と言いますか、書き込むにも時間はかかるのですが、書くときは油性マジックだから消えにくいよ、てなかんじです。

書いて、とか、消して、とかのご要望にはできるだけお応えしていく所存です。ですが、消して、って言われると、たぶん泣く(笑)。泣くけど、時間かけてもちゃんと消していきます。


モノを少し消さなくちゃいけないなぁ。
でも、消えるべきモノが浮上してきてるから、なんとかなるでしょう。
あ。消すのもやっぱり細く長くなのか。







深層心理2題

昨日のできごとから、あらためて自分のなかにあるものを取り出してみました。


ひとつめ。
その呪縛(もうそれでいい。敢えて言い換えることもしない。)からは逃げられないし、逃げなくていいし、逃げるべきではない、ということ。
共に在ろうね。
そう話しかけたら、そこに灯りがともったので、それでいいのでしょう。


ふたつめ。
生理的に合わない者、というのはどうしても存在していて、それはもう致し方のないことです。
致し方ないと納得した精神はともかく、できれば一緒に居たくない肉体は、どうにもならずに歪んでいくものであるということを、半世紀以上生きてて初めて経験しました。
今までそこまで考えてなかったけれど、訳もなく不調になっていた時期が何度かあって、よく思い返してみれば、そのような存在があった気がするのです。

おからださまは正直よね。


そして、そんな状態になっていたら、ちゃんと好きなところ好きなものに触れる機会を自分で作ろうとする、っていうこともわかりました。

どうしてもだめなときに助けになってくれるのが、音楽だったり、デザインだったり、着物だったり。
それらはみな、作り手の想いを形にしたもの。
作られたもののもつ力を受け止めて。そしたらそれをまた誰かに伝えて。

そうやって歩いて行こうと思います。



眼福とはこのこと。

今日はお昼過ぎに浅草まで行ってきました。

目的は、竺仙の新作展示&受注会です。



新作だから写真撮影は禁止。

なんちゃって茶道部の先生であるあざみさんとご一緒に行きました。
危うくなったらお互い止め合う(笑)というかたい誓いのもと。

浴衣や夏着物の新作が中心ですが、あざみさんも私も実は江戸小紋がお目当てです。
色柄ともに豊富ですし、もう、それはそれは細かい型で染めたものもありますし、その染めの最高峰の職人さん(黄綬褒章のかたがた)もいらしてて直接お話を伺うこともできるし、江戸小紋LOVEな者にとっては、とんでもないパラダイスです。

呉服屋さんの展示会と違い、会場に入るのに絹泉花の泉さんにお立ち合いいただく以外には、ぐるぐる巻きの刑にも取り囲みの刑にも遭いません。
好きなだけ会場を徘徊して、好きなだけ眺めていることができます。

もう大興奮ですよ。
自分のものにできなくても、素晴らしい反物を見ているだけで幸せです。


そんなわたしが今日着ていた着物は、届きたてのほやほや。



総絞りのリサイクル品。
本匹田ではないかと思われる逸品です。

ああ、これ着てるから、見てるだけで
幸せになれたのかも。


じゅうぶん堪能したのち、あざみさんのもうひとつの目的地、南青山についていっちゃいました。

SOU・SOU 青山店

違うところにあって、ほとんど地下足袋しかなかった大昔の店舗を訪ねて以来、10年ぶりくらいでしょうか。

通販で購入したものを愛用してたりするので、実店舗わくわくです。 
案の定、ここも危険地帯(笑)。

スポンサー連れて来なくちゃ。(そんなのいるわけないけど。)

買い物せず、でも、店の一角にある喫茶コーナーでお抹茶とお菓子をいただきました。



お薄をいただいたあと、さらにお口直しまで。



お味も素敵なのですが、とにかく目に楽しいお菓子で、大満足のおやつタイムでした。

美しいもの可愛いものを目で楽しむ時間、やはりときどきは設けなくてはね。




わたしの道を指し示すもの

昨晩は月例の瞑想会でした。先月までは曜日で決まってましたが、今年は、満月新月に合わせて開催されることになりました。

で、初回は満月。
それに合わせて、祭壇には黄色の糸掛け曼荼羅。



お月さまのパワーは、どっしりとした密度の高いもので、例えるなら昔子どもと作った、洗濯糊のスライムみたいな感じ。
わたし、という袋の中に抵抗なく入ってくるし、溢れたものに包まれても窮屈さや息苦しさもありません。
久しぶりに、瞑想会でパワー満タンになった気分です。


瞑想というと変な人と思われますが、そうではなくて、世の柵から解放されて内観するための時間ととらえています。
昨晩は、自分の呼吸に集中しながら、前回から今回までの間に起きたことを仕訳するという、珍しい現象がありました。
いるものといらないものの区別のしかたを教えてくれたようです。

前回も書きましたが、一人で生きていける人に子どもを育てる、という母の望みがこれまでの最大の望みだったらしいのです。それが叶ったことを受けて、新たな望みを探すところから始めよ、というメッセージでした。
でも、安易に決めないでね、きちんと形を明確にしてね、という、なかなか難しい注文をつけられて、うにゃ~と頭を働かせているところです。

お月さまは、どのまちから見てもおなじ月!



それぞれのみちへ

一昨年秋の娘独立に続き、先週末息子も独立しました。
さらに、娘は次のステップに上るべく新たな場所を得ることになりました。

一人で生きていけるように育てる、という望みはかなったので、もう何があってもいいや、と思っています。


次はあたしが自分の道を探さねばなりません。

どれも選べるけどどれも選べない、今はね。


いつ、今じゃなくなるのかな。

事始め

4人家族ですが、3ヶ所に別れて暮らすことになりました。
いや、その、つまり、こどもがそれぞれ独立しただけなんですが。

それでこどもたちから、家族で一括連絡しやすいようにLINE入れろ、とな。
今まで頑なに(笑)拒否してきたツールです。別段、なくても困らなかったし。
しかし、ついに使うことになってしまいました。

暮れから続けてスタンプの話が入っていたのは、予兆かもしれませんね。

てなわけで、スタンプをさっそく導入。
しかも2種類も(笑)。

まずはこちら。




あれ?こいつ泳げない癖に?と思ったかた。
鋭い!実はこれ、宣伝だったりします(笑)。
ダイビングが趣味の実弟が作ったものなので、お気に召したらご購入よろしくお願いします。

うみのいきもの(ダイバー向け)

いきもの図鑑的な目で見てて面白かったので、つい自分も使っちゃおうと。

もひとつはこれ。



こちらはもう、どいつもこいつもツボでした。
ハ音記号とか、ダカーポとか、ナチュラルが特にお気に入りです。

とはいうものの、ツールを増やして面倒くさいことになるのは避けたいので、基本これは家族連絡専用にします。
既読スルーがデフォなので、ダメなやつだとあきらめてください。




伝統行事



年初めの地区事業であるどんど焼き。
本来は1月15日に行われる祭礼だったようですが、私の住む自治体では、神社とは関係なく地区委員会主催で行われています。
当地区では、地区内のふたつの小学校が持ち回りで、各校の校庭を使って開催しています。今年は、うちのこどもたちの母校で。

市内の14ヶ所かな?で今日から来週末にかけて行われますが、うちの地区の塞ノ神がいちばん大きいと言われています。
なにしろ、塞ノ神の中に人が立って入れるくらいだもんね。
神社の境内だと火の用心のためにここまで大きくできないと思います。

当日の朝は、ふたつの小学校対抗のキックベースボール大会も開かれ、その横餅つきと甘酒のおふるまいもあります。
こどもたちが小学生のときはPTAやってたこともあり、ずっとお手伝いに行ってましたので、朝からほんとありがとう、と思います。

お餅といっしょにお団子も配布され、竹竿の先にお団子つけて、塞ノ神の火で炙っていただくと、今年は無病息災。

うちでは、一昨年の年賀状と正月飾りを火にくべることにしています。
ご家族の写真の葉書を処分するのに可燃ゴミに出すのはためらわれ、ここで焚いてもらえばいいなぁ、と毎年持っていってます。

点火するとすぐに炎が大きくなります。



焼け落ちるまで10分弱。
消防団のみなさんがはぜる竹の骨組みを崩してくれます。倒れたりするので、安全宣言が出るまで見守ります。




そのあと、お団子繭玉を炙りに、わらわらと火のそばへ。ちょっと焦がしたくらいが美味しいの。



よほどお留守にしていない限り、このまちに住んで22年、ほぼ皆勤。たぶん行ってないのは片手くらいかな?
丈夫で長持ちなのは、これのおかげかもしれません。


地方ごとにいろんな呼び名があるようです。
それぞれ、その由来もあるのでしょう。

ニュータウンでこの行事が根づいたのは、地区委員会のみなさんのご尽力の賜物です。
できれば、ずっと続いてほしいなぁ。
夏祭りがだんだん縮小されているので、せめてこれくらいは。

左右非対称

完全に左右対称なカラダをお持ちのかたはめったにいないとは思うのですが、それにつけても己の非対称の酷さよ。
エアロビクス行ったり、ボディメンテに行くといつも思うことです。

利き手は右ですが、左も相当な割合で使えます。ひらがなと数字は書けるし、歯みがきとかアイロンとか、比較的頻度の高いものはほぼ可能。

だけど、関節の可動範囲が絶対的に違う。左半分は動かない回らない開かない。
前屈も上体そらしも並以上だから体がかたいわけでもないのに。

こりゃなんか根本的にブロックかかってるんだろうな、という気はしますが、それがなんなのかはわかりません。
考えてみれば、リンパ管が切れるだか詰まるだかの持病も左です。
流れないからブロックなのか、ブロックだから流れないのか、そこはニワトリとタマゴのようなもので、どちらも原因であり結果なのだろうと思います。

いまさら左右対称のバランス取れた人間になろうとは望まないし、望んだとしても無理なことだろうと思うので、せめて現状維持、歩いて札所が廻れたり、うしろでお太鼓が結べたり、そんな日常をおくれるようなカラダを保ち続けたいです。

ぐだぐだのよぼよぼになる前に、バドミントンとスキーはもう一度やっておきたいなぁ。
(なぜか長年の部活種目だった卓球じゃないのは深追いしないでください。)



仕事始めはダークな気分

昨日はお仕事始め。

いま、お世話になってる職場は、年度がカレンダーと同じ、つまり1月が第一四半期の始まりです。
世間的には少数派ですよね、たぶん。
なので、どこか間延びした感じが漂っています。

それとはなにも関係ないのですが、土日2日間よりも長い休み明けは、毎度のことながらやる気なしこちゃんです。
リフレッシュしたのでさあがんばるぞ、という気持ちには、ここ数年なったことがありません。

ここ数年?たぶん10年くらい?

思い当たるふしがあります。それは非正規で働き始めた時期と一致しています。

形こそ二次請けの会社の正社員ということになっていて、社会保険にも加入していますが、実質的には客先と元請けの契約が切れた瞬間に無職になるはずなので、ほんとうに形だけの社員です。個人事業主と変わらない。

そして、そういう働き方をしていると、会社を通じた社会貢献てのを考えなくなります。←わたしの場合。
なにも社畜になろう、と言ってるわけではありません。
先達からの指導もなく、後進の育成をすることもなく、ただひたすら、対価に見合う仕事量を測り、その過程で得た知識は自分のためだけに蓄積する。
そんな毎日に戻ることがうんざりだったりするのです。


かといって、起業するようなタイプでもなく、才覚もなく、このまんまぷかぷかぷかりと流れに乗ってさらさらと行くだけなのかなぁ、てなことを思うのが、なぜかいつも仕事始めの日だったりします。


幸いなことに、心は鋼、体はそこそこ丈夫、ときているので、楽しいことがあれば乗りきっていける、ある意味ノーテンキでよかった、と自分でも思います。

体はもう鍛えられない(鍛えたら逆に壊れると思う。)けど、心はまだまだ強くできそうな気がするので、どしどし揉んでやってください。

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