家電量販店

来月独立する息子のお買い物で、2駅先の今度閉店する家電量販店に来ました。


もっと激安なのかと思ったけど、ま、そんなもんかな。
ものによっては激安になっています。

今回は、冷蔵庫と洗濯機を買いに来ました。
洗濯機は驚いたことに、同じ型番の容量の大きい方がお安いのです、5,000円くらい。
なぜ?と聞いたら、7キロはほっといても売れる売れ線商品だけど、8キロは推さないと売れないから、だって。
筐体サイズが変わらないので、安くて大きいほうをお買い上げ。
って、我が家のより大きいんですけど…。
まとめて大量に洗濯するんだろうから、選択としては合ってる。
(うちでもまとめて出されると、1回では無理なんで…。)

とりあえず、それだけあればいいそうです。テレビパソコンは部屋から持って出るし、炊飯器はふるさと納税で夫さんが買ってくれたらしいし、電子レンジは今回のポイントとせしめた商品券で後日購入する予定なんだって。

しっかりしてるよなぁ。
まあね、社会人なんだからしっかりしててくれないとね。


昨年秋の娘に続き、息子も家を出て、順調に育ってくれててかあちゃんは安心だ。

できれば、突然でもなんでもいいから、孫みせてくれないかなぁ、どっちか一人でもいいから。
そしたら、思い残すことは…じゃなくて、もっと元気出て長生きできるわん。


さて、あたしは無事に暮らしていけるのかしらね。

などなどと思う午後の家電量販店なのである。
新しいもの、欲しいもの、…ないなぁ。
もう、暮らしを更新する必要ないんだな、きっと。

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白い朝

何年たっても、今日だけは無彩色だ。
白黒なのとも違う。

何もかもが半透明で、あるのかないのかもよくわからない。


自分もいるのかいないのか、これが自分なのか他人なのか、もよくわからない。

つなぎとめるものはもうないから、
その舟に向かって紙テープを投げようか。
つかまえてくれるなら、手繰っていくから。

それとも。
陸にあるなにかに縋ろうか。

白い朝が流れていく。

初 ふるさと納税

制度は知ってました。
でも、積極的にふるさとと言える市町村もなく、まあ別に地元にお納めすればいいんじゃないの?と思って、見ておりました。

しかし。

夫さんの強力なすすめにより、今回体験してみることにしました。
てか、あたしさー、確定申告しておかないとたまに会社がさぼるんだよね、住民税申告。(なんていうの、その制度?)確定申告してあれば、自分に落ち度なし、と胸張れるという消極的な理由です。


で、ふるさと納税の制度を総務省のサイトで確認し、レッツチョイス!

結果、美味しいものはこの制度で手にいれよう、と頭のなかを書き換えました。

実は、ちょうど昨日Facebook上で、とある地域のとある産物が美味しい、という話題で盛り上がり、現地に行かないと手に入らないのかな~と言っていたのですね。
その直後に、出来心で納税お礼の品検索サイトで探したら、まさにそのご紹介してくださった店舗が、商品提供してるではないですか!
これこそお引き合わせ、と思い、喜び勇んでぽちっとな。

他にも、前から食べてみたいな~と思っていたものがたんとあるのを見まして、選びきれない楽しさ。
それから、お礼のお品などいらないから寄付したい、被災地や過疎地、鉄道存続運動などの目的がはっきりしたものも。

自分のだいたい限度額を予想して、組み合わせで寄付を申し込みました。

(実はまだ源泉徴収票をもらってない。ほんまにあかん会社や。)


今朝。
すでに某自治体から夫さん宛になんとか申請書を返送するように、というお手紙が来ていて、それにマイナンバーを書け、とな。

あれ?
これ、マイナンバーを集めるための制度なのかな?
とちょっと懐疑的にもなりましたが、カタログショッピングしながら社会貢献して、税のしくみについても学べる、面白いものだなと思ったので、まとめてみました。


まだ間に合うよ~~~。






10分の1 の4回目

福島
ふくしま
フクシマ
Fukushima

どう表記してもいいのだけれど、このドキュメンタリーはFukushima を採用しています。

1/10 Fukushima をきいてみる

毎年年末の上映会も今年で4回目になりました。
最初からずっと見続けて、たぶんこれからも年末にここへ来ることになると思っています。

年を重ねるごとに、復興という言葉の意味を考えさせられます。
興す、というならば、前より栄える、と私は思うのですが…
昨晩ゲストトークに来てくださった上野さんも、昨年版のなかで、復興と復旧は別で、いまやっているのは復旧だとおっしゃっていました。

3.11前に1万人余りが住んでいた地区に、避難指示解除後1,000人も住んでいない、と。
その地区はかなり内陸まで津波に洗われました。

あの日から7ヶ月あまり経過した頃、友人の案内でその近くを訪ねたときの衝撃は、今でも忘れることができません。
そして、その時お訪ねした上野さんのおうち、波が通り抜けて1階のなくなってしまった、けれど骨組みの残った頑丈なおうちは、今年の2月に解体されてなくなりました。(今年版より。)


忘れないこと。
記憶の片隅から消さないこと。
それしかできないけど。

そうして、福島を見ている。
ずっと。


エンドロールに流れる、門馬よし彦さんの『願い』。

門馬よし彦 願い

夢であればいいと。


そんなできごとに遭う人は、一人でも少なくていい。





先月、ドキュメンタリーは真実なのか?というテーマの映像をみました。
これに関しては、映像編集はあっても、意図的にある地点に誘導するものではなく、記録そのものに近いと感じています。





情念のうた

クリスマスイブ、クリスマスと2日続けてライブに行けた、この幸せ。
しかも、いずれも大きいコンサートホールではなく、ちっちゃな、それこそステージが手の届くところにある場所で。
奏者の息づかいまで聞こえるような、緊張感と安心感の混じったような感覚が、こういうところの醍醐味です。

一晩目は、モモコモーション&沢田穣治ユニット。穣治さんのピアノまたはbossa のギターに載せてうたうモモコモーションさんの声が、耳元でキュートに囀ずる小鳥のようなかんじで、とても気持ちよかったのでした。
こちらには、美味しいクリスマスプレートもついてましたので、物心ともに満足の夜となりました。

続いては昼のステージ。
お友だちのおいかわ由衣さんも登場する、シャンパーニュでの会。



絶品の『プカプカ』をうたう由衣さん。

彼女のうたは、私の心の深い深いところに沈んだものを引き上げて、ぐいっと見せてくれるのです。
それはきっと、由衣さんの泉もとても深い深いものだからかもしれません。
シャンソン、カンツォーネだけでなく、ジャンルを問わないうたがうたえるのは、彼女ならではだと思います。
今回もまあ盛大に泣かせていただきました。(あ、もちろん人様に見えるような泣きかたはしておりませんが。)


いま、それらのうたからずるずるっとつながって出てきたものと、格闘しています。

そんな朝、こんなツイートに出会いました。

武満徹の言葉

そう、そうだね。
パーソナルな音楽を抱き締めて暮らしていきたい。
それは自分の情念そのもの。

年の瀬、というか、クリスマス時期にこんな音楽に包まれるのも、来年の指標のひとつなのかもしれません。


飽食の解消

この時期はいつもそうなるのですが、美味しいお誘いがめじろ押し。
食べるくらいしか強い欲望がないので、からだが空いてさえいれば行ってしまう自堕落なわたくし。

月初からまあ、とにかく美味しいものいただいてますね~
鎌倉の和食ランチに始まり、二見甘味食い倒れ、ひつまぶし、ケララバワンのインド料理、鹿鳴館パーティでのお料理(学士会館はお料理自慢でもある。)、大徳の海鮮で一献、今週はいってからは、千賀ちゃんのイタリアン2回、合間で職場の送別会(生に近い鶏肉)、とまあ、書き出してみて茫然自失。

こらあかん!


てんで、昨日のお昼ご飯のあと、固形物を食べてません。
味噌汁とか野菜スープとか、お茶お水は好き放題摂ってます。

霊験あらたか、じゃなくて、効果抜群、と言っていいのだろうか。
毎晩お風呂のあとに体重測定してるのですが、いきなり1.5キロも落ちてます。
どんだけ食べ過ぎてるか、ってことですよね。
こういうときはやっぱり、食べ物をからだが欲していないからでしょう、お腹空いて苦しむことは全くないのです。
食べ物を見ても、よだれ出たりしません。
今うちには、千賀ちゃんのクリスマスミニケーキもあるし、お友だちがドイツから取り寄せてくれるめっちゃ美味バウムクーヘンもありますが、食べなくても辛くない(笑)。



そんなわけで、今日の昼ごはんまで、3食抜いて胃腸も休めたことだし、今晩はまた豪勢に行ってみようか!←大馬鹿者。

続報を待て。(笑)



身の置き所

さまよう湖があると聞く

我が身の中には水の性質

さらさらと流れてどこへ

消えてしまった湖のように

砂に吸い込まれるのか

ローカルルール

マイルール
家族のルール
グループのルール
コミュニティのルール
職場のルール
車内のルール


生きてくのにルールがてんこもり。

破って困らないルールはいらないよね。

空気読む力は持ってたほうがいいかもしれないけど、『空気読め』と強制されるのは大嫌いだよ。


そんなあたしは歩くマイルール。



冬至の朝

2年前は、ちょうど朔で冬至という珍しい暦で、神宮宇治橋の日の出を拝んだのでした。

1年でいちばん昼の短い日。
ですが、日の出の時刻は、まだ少しずつ遅くなっていきます。
元旦もまだいちばん遅い日ではないと思います。

詳しくはこちらへ→冬至の日の出日の入り

季節の節目をカレンダーで目にするたびに、来し方行く末を考えてしまうのは、やはり歳をとったということなのでしょうか。

楽しいこと美味しいもの素晴らしい友、それだけあれば、他に何もいらなくて、たとえ末路がキリギリスでもいいや、と思う自堕落な自分と、子らに迷惑かけない婆にならねば、と思う殊勝な(笑)自分が共存しています。


折しも、世はおしなべてクリスマスムード。
リボンのかかった包みを手にした人々。
いつもより気合いのはいったおしゃれな服で自分も包み…

そんなものと無縁で、車窓から陽の光を浴びながら、ブログなど書いている自分が、とても自分らしくて気に入ってたりします。

握り締めた手の中には、まだ誰とも繋がっていない糸がずいぶん残っているようです。

すでに繋がった糸を絡まないように丁寧に扱いながら、垂れ下がった切れ端を手元に手繰り寄せる、そんな作業に冬至の朝の柔らかな明るさがぴったりです。



ターキー!ターキー!ターキー!



じゃなくて。



昨晩のごちそうです。

ここんとこ美味しいものばかり食べてるような。

国立でイルポンテ料理教室を主催している千賀ちゃんのクリスマススペシャルを食べに行ってきました。

七面鳥を食べるのは何年ぶりかなぁ。たぶん10年以上食べてないと思います。
あまり美味しいと思ってなかったんですけど、千賀ちゃんが食材に選ぶということは、美味しくないわけがない。きっと今まで本物を食べたことがないに違いない。ということで、ぜひとも食べたいと思ったのです。

4名いないと開催できない、という条件があるので、必死(笑)。
別日程で申し込もうとしていた友人夫婦の手を滑らせて同日程にねじ込ませた執念深さ、どうよ。
結果、自分の知ってるかたばかり総勢8名でのディナーとなり、めでたくターキーにありつくことができました。

フランスからお取り寄せのベビーターキーは、ちょうどオーブンにすっぽり入る大きさ。
焼き上がったものをさばいてもらうと、かなりの分量です。
あんよ、お胸、ささみ、内臓、食べられる部位は食べ尽くしたと思います。
ふだん肉食獣じゃない私ですが、お腹いっぱいお肉を食べました。ほとんどお肉だけで満腹になるくらいです。

もちろんターキーだけじゃありません。
おまかせで組み合わせていただいたお料理をたんと食べ、しっかりと美味しいワインも飲み、ほんとうに素敵なディナーになりました。



いちばん大きい写真が、前菜のひとつ、魚介のトマト煮。これがまた美味しくて、おかわりしたかった。

デザートのカラメルアイスは千賀ちゃんオリジナルレシピとのことで、大人の味を堪能しました。

実はこのクリスマススペシャル、もう一回食べに行く予定です。
(今度はターキーじゃない。)
国立まで来る根性のあるかた、声かけてね!すぐに!

あー次にもうわくわく。
早くメニュー決めなくちゃ。


きもの鹿鳴館倶楽部クリスマスの宴

きもの、と冠のついた会にもかかわらず、毎回ドレスで参加しております。
年に2回くらいはこんな仮装もお許しくださいってことで。



恒例のなんとか座りですが、色からしてまるでスライムですね。
これで、碧黄赤と信号機出揃いました。


パーティーの開催は今回で23回目だそうです。
始まったのが確か昨年の始めだったような気がするので、約2年で…月イチ…
主催さんたちのパワーすごすぎる。
しかも東京だけでなく、北は石巻から南は福岡まで。東奔西走です。

遊んでるだけでなく、地域振興や社会福祉への貢献、というのがこの会の特色。
なかなかできないことです。
そのためかいろいろやっかみもあるようですが、主催のみなさんは手弁当でやってくださってることです。わたしたち参加するものもお互いに交流しながら、同じ時間と場所にいるものとして思いっきり楽しませていただいてます。

こんなにたくさんの紳士淑女たち!



約2時間半、夢のようなお伽の国でした。




ちょっと割増に見える?






神様のアスレチックパーク

昨日はお友だちと山梨県側の富士山の麓に行ってきました。

目的地はこちら

不二阿祖山太神宮
こちらについて思うことはのちほど。

南町田駅でピックアップしてもらうと、ルートは東名→圏央道→中央道となります。
我が家から出発したのでは絶対にあり得ない経由。(うちは国立府中IC の近くです。)
初圏央道高尾山トンネル。
6月に蛍を観察しに裏高尾に行ったとき、
(蛍観察の記事)
高尾山の腹にぽっかり開いた穴を見て呆然としましたが、その穴を半年後に通過することになるとは。

さて、渋滞もなくとても順調に目的地に到着。所要時間は1時間半ほど。車は便利だなぁ。自分用に欲しくなる。(使いたい週末は家族が使ってることが多い。)

そこにはこんな不思議な鳥居があります。



三柱鳥居というのだそうです。10基もないらしいですね。
他のところではまだ見たことがないので、ぜひいってみたいです。

山を切り開いた境内は、里山の穏やかな空気に包まれて、とても気持ちのよい空間。高い梢の向こうには、雲ひとつない青い空が広がります。



大地のエネルギーというか、溶岩地帯だから磁気を帯びているのか、よくわかりませんが、ここでは不思議なことが起こりました。

体感的なところでは、歩いてる地面があったかい、とか、とある場所に立つと痛いのが和らぐ、とか、お体ブロックが外れて柔軟性が増す、とか、楽に歩ける場所とそうでないところがある、とか。

サードアイ的(これは信じなくていいですよ(笑)私にしかわからないので。)には、エネルギーの渦とか、歩いた足跡から火の玉みたいのがぽわっと出る、とか、意識しなくても瞑想状態に入ることができていつもの瞑想会と反対に下から上に光の柱が立つとか、私の最重要アミュレットである六ツ目さんが興奮する、とか、メッセージらしいものがいただける、とか。

これらが境内のそこらじゅうで発生するので、とっても面白い場所だなぁと思いました。
それで、ふと浮かんだ言葉が「神様のワンダーランド」または「神様のアスレチックパーク」。
どっちかというと、ボディへの働きかけのほうが強いかんじがしたので、アスレチックパークを採用したいと思います。



ここへ来るに至った経緯、簡単に。(備忘録)
12月1日の龍口明神社参拝の日に、お茶べりの席で話題に。
12月3日、そのときの一人が弾丸ドライブで斥候突入、たまたま来ていた崇敬会員のかたとお話しして、上のような不思議体験を私たちにも報告。
その日のうちに、みんなで行こうよ!となって日程決定←話が早すぎる(笑)。
そして今日、崇敬会員さんにお越しいただいて、みんなで体験。


さて、私のサードアイは何を感じたかというと。
神様、という意味では、もっと気高く、もっと静謐な場所や神社は他にもあるよ、という印象です。
しかし、さきほども書いたように、溶岩地帯の磁気とも考えられる大地のエネルギーとか、そもそも霊峰富士の裾野であるということを合わせ、もしかしたら、誰でも体と心を休めることのできる貴重な場所なのではないかな、と感じました。
なんといっても、静かです。
人もいまのところは多くはないし。
ナビに登録されていないらしく、たどり着けないことも稀ではないそうです。
それがまた、クチコミで神秘性を上げるということですね。
あ、私はもういつでも案内できます。場所はおぼえました。


どの方向から向かっても、次第に大きくなる富士山を眺めながらのアプローチになるので、ワクワク感が高まりますし、周辺には人家もなくとてものどかな景色であること、さらに奥には不動湯というよいお湯もあるので、いろんなことから解放されてゆっくりすごす場所として、とても素敵なところです。

もちろん不動湯にも行ってきました。

不動湯

温泉ではないのですね。
イオンが少ない、ということなので、皮膚病に効くのは刺激の少ないお湯だからかなぁ、と思いました。
湧水を飲むこともできるので、飲んでみました。まろやかとかそういうんではなくて、透き通って真っ直ぐな水だな、と思います。
先ほどの不二阿祖山太神宮の真名井の水と合わせ、今回は水汲みツアーにもなりました。

時間が前後してますが、不動湯に行く前にお昼ご飯も。もちろん地元名物、吉田のうどんで!



ずっと外にいて冷えたからだに、馬肉とごぼうきんぴらののったおうどんは、優しく優しくしみていきました。

冬至近くの冬の休日。
楽しくて充実してました。
富士山きらきら。



  


追い込み

なんの?
カレンダーがあと半月。

2016年、何をしたかと振り返れば、なにもしてないまま終わった気がする。

ひとかどのものになろう、とか、だれかのやくにたとう、とか、そんな大それたことは考えてもいないけれど、インとアウトが等価であってほしいとはいつも思っている。

いただいたものを、くださった方にお返しできないこともあるから、他の誰かにおすそわけしたりして。
そうしてこの世は動いている。
自分もその中のひとつのパーツ。

あってもなくても動くけど、あったらsmooth、そんなものでありたい。

倍音の繭

月例の瞑想会、今月は満月のもとでの開催となりました。

それでかな?祭壇には黄色の糸掛け曼荼羅。



ろうそくの灯りと、てぃあらさんはじめ集まるみんなの作ったオルゴナイトがたくさんの、シンプル祭壇です。
ここに、お財布だったり、ペンダントやブレスなど身につけるものだったり、思い思いのものを並べています。

私もお財布とペンダントを。
黄色のお財布なので、一体化しています(笑)。

満月のパワーを受けて、手離して、空いたスペースにさらにパワーをチャージして、と新しい年への準備をする会。
私たちが瞑想している間、てぃあらさんが音叉を鳴らして各々の調整をしてくれます。

あ、ここで音叉と倍音?と思ったかた、あなたは音楽家ですか?
精神世界の人たちも実はよく音叉を使うようです。ただし、音楽家の用途と違い、基準音をとる目的ではありません。
AとかCではないいろんな周波数の音叉が販売されているようですし、倍音ばりばり出てるやつもあるようです。
たぶん、鳴らしてみて好きなのを持つんでしょうね。

昨晩も音叉は5本あったと思います。
始まる前に鳴らして、好きなのが二つあるなぁと思っていました。
すると不思議なことですが、私の後ろでてぃあらさんが鳴らしてくださった回数か時間かが多いのは、その二つでした。
頭の後ろでくるくると回してくれるのですが、そうすると閉じた音の輪ができるような気がします。
昨日はそれがとても強くて、輪ではなく立体感があり、結果、お月さまの中に自分が入ってしまったような、繭の中にいるような瞑想になりました。

私はもともと黄色や橙色が好きなので、お月さまの色の繭はとても心地よく、ゆったりとエネルギーチャージをすることができました。


精神的にはもうあんまり惑いはなくて、物理的に物を手放すところが課題の私。
でも、手放せない理由が、そのものが経てきた手の力=結局精神、だということがわかって、ふりだしに戻ってしまった感が、昨晩のお土産かなぁ。

昨日のOSHOカード。



さて、これをどう読み解くか。


境界線

昨晩は、いつも瞑想会やコンサートなどのイベントでお世話になっているジャスミンさんのお誘いで、舞台を観にいってきました。

どこ行くの、と聞かれたら、コンテンポラリーダンス、と答えていましたが、ほんとうはジャンル分けのできるものではないです。
ダンス、とカテゴライズしたのは、自分からみていちばん近い関係者のジャンルが、それだったから。

ダンス、舞踏、楽器、声、言葉、映像、絵、それをとりまく観客。
すべてがこの作品に欠くことのできない、大切な要素。

途中から、ステージ上の世界と、自分のいる現実世界との境界がよくわからなくなりました。受け取るものと吐き出す息のサイクルがつながり、自分の体と心のなかに管が1本とおって、くるくる回っているような。
浄化、あるいは消化、あるいは昇華。

居ながらにして夢をみていたような、おそらく正味で60分くらいの。

そのせいなのか、朝が来て、記憶の断片になった夢は、外界と内心を隔てていた壁の欠片のような色をしていました。

穴を探して塞ぐべきなのか、そのまま放っておいていいのか、考えています。


珍事発生( ; ゜Д゜)

たいへんです!
今日でちょうど1ヶ月たってしまいました。

なにがって?

最後に着物を着てから。


自分で着られるようになって11年。
なるべく週末着物しようと決めてからでも6年くらい。
こんなに長く着なかったのは、最初の頃以来です。

寝間着はついこないだまで浴衣だったりしましたが…(それは着物とカウントしてはいけないだろう(笑))
寒くなってくるとついうっかりパジャマに変わったりして…

着物と関係ないお出かけだと、ついついゴムパンゴムスカになってしまうのがいけないんでしょうかね。
ゴムパンゴムスカ着てると、確実にオバサン化してるのは自分でもわかるのですが(笑)。

よほど歩いたり山でも登らない限り、残り半月で着物着用率をあげようと思います。
とはいえ、すでに次の土日が×。
着物着られる予定は25日までありません…。
うーん、歯医者とか整体とか着物で行っちゃうか。

手っ取り早いのは終業後着替えて帰ることですが、朝荷物が多くなること(痛勤電車)、職場の人目を気にすること(よその会社で働いてる)、を考えると現実的ではない。
やったことないわけではないのですが、エレベーターホールで奇異の目で見られて、ええ、こんなあたしでもちょっとは恥ずかしかったりするんですよ。
自社じゃないから、余計にそうなのかもしれませんね。

着物普及委員会の看板、下ろさないといけないかなぁ。


気楽に着ようぜって言ってるくせにね。


最後に来たコーデはこれ。



着物は結城紬。本場じゃなくて、高機ですが、着心地はかわりありません。
帯。実は、家を出たときには違うのを締めてました。が、出先の友人宅で、着物で出かけるという友人のコーディネートをしていて、どうにも合う帯が見つからず、私のしていた博多の袋帯を置いていき、かわりにこれを借りたのです。
輪奈織の袋帯、この結城にベストマッチかも。
しばらくの間、お互いにそれを使うことになりました。帯とりかえばや物語(笑)。

(永久交換でもいいと思ってる…)





探し物

最後に使った場所と時間を記憶しているのに、どうしても、みつからないものを週末から探しています。

お賽銭用の五円玉を貯蔵していた小型のポーチ。

津島神社で最後のお参りをしたときに、神様ロード出発時点でたくさん入っていた五円玉を使いきりました。
おそらく、50枚くらいあったと思います。

そのときの心持ちで五円だったり十円だったりもっとたくさんだったりしてるので、使いきることは特に気にしていないのですが、よく考えたら、これを使い始めてから、空っぽになったことはなかったかもしれません。

お役目が終わったのでしょうか。

であれば、わたしもまた、次の場所に旅立つときなのかもしれません。

もう少しだけ、想いをつなげてみましょう、あのポーチに。



ご依頼!

物書きのご依頼をいただきました!


っても、気学の師匠=大学の同級生からなんだけど。
次年度から彼女が自前の気学手帳を作るので、そこにコラムを書いてほしいとのことです。

書いて、って言われて書くのは、うーん、どれくらいぶりだろう、忘れました。

その話をしながら思ったのだけど、文章は、書くのを辞めてしまうとあっという間に書けなくなってしまい、そこから戻ってくるのには、書かなかった期間の何倍もかかるなぁ、ということ。

あらそれ、ピアノと同じ…。
1日が3日、1週間が1ヶ月、1ヶ月が半年…

今年が始まるときに、なるべく毎日ブログの更新をしようと決めて、たまにお休みはあってもなんとかここまで来ています。
息を吐くように(笑)記事を書けるとこまで、あと一歩かな。

中身はこれから伴って…きてくれるといいなぁ。


きっと長編書けるとこまでは生きてないだろうけどねぇ。



インディアン・サマー

日本語で小春日和。
今頃の穏やかな晴れの日をさす季語。

この言葉を聞くと、思い出す曲がある。もう手元に音源もないし、実は誰の曲だったのかも思い出せないけど、学生バンドでやった曲。
でも、フルコーラスで弾ける。
優しくて柔らかいメロディーラインは、今でも好きだ。
だから忘れないのかもしれない。

その頃の仲間、細ーくつながってる。

その細さが絶妙だな。

しょっちゅう会えたら、きっと面映ゆい。
でも、ぜんぜん会えないのも寂しい。
なにか機会があったら会えるように、そんな繋がりにちょうどいいかんじのFacebook。
人それぞれ、使い方や温度差はあっていい。
インターネットの特性。
世を忍ぶ仮の姿。


あたしの実態なんてだれも知らなくていい。
知りたい人だけそこにいてくれればいい。
冬のお日さまみたいに。
 
抜けるほどでない青空に雲ひとつない。
あのメロディーを口ずさみながら、歩いて帰ろう。


振幅増幅

感情を表に出すのが苦手です。
特に、暖色系の感情。
寒色はもともとあまり出したくなく、一人で抱き締めるタイプです。

暖色はなかなかうまく外に出せません。

(昔のあたしを知ってるひと、意外だという顔をしないでくれ。)

喜怒哀楽でいうと、喜と楽が暖色で、哀は寒色。
怒はどっちでもない、別物ですね。
赤い怒りも蒼い怒りもあるので。

寒色は、自分の奥深くから出てくるものと感じます。

でも、暖色は、まわりの人やものからもたらされることが多いので、できればそれをお伝えしたい。それなのに、顔に出にくくて声も弾まなかったりして。
しかたないので、「実はわたしいまこーふんしてます」とか「めっちゃうれしい」とか、よそから見たら冷静な口調で言葉にしてしまい、またそれが誤解をうむ、という悪循環…。

たぶん、振れる幅が小さい、と見られているんでしょうね。

悪いことじゃない。

でも、あなたといたから、あなたが教えてくれたから、こんなに楽しかった、おもしろかった、っていうのは、もっと上手に伝えたいです。
できれば、振れた幅と同じレベルで。


どうすれば増幅できるんだろうね?



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ゆる~く生きてます。
好きなものがたくさんあります。

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