旅の空に思うこと

美しい景色や美味しいものを食べて、
心が満たされた一日。

やがて夜を迎える夕暮れ時。




日の光がなくなって月に時間を委ねる、
切り替わりの瞬間。

暮れる空。
わずかなひとときをともに過ごしたい、
時間を共有したいと思う、
あなたの大切な人はそばにいますか。


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近づく指

心の奥底に眠る
小さくて黒ずんだままの原石

誰か取り出して

磨いてくれたら綺麗な模様が浮かぶから

あなただけに見える模様が沈んでるから



磨きかけて取り落とされて
また元の黒い石に戻る
何度も繰り返してきたこと

怖いからほうっておいて、と
つぶやいてみるものの
つまみ上げようとする指が近づくと
じっと見てしまう




18きっぷで伊勢へ その5

愛ちゃんとはいつ知り合って、どういういきさつで友だちになったんだっけ?
もうけっこう長いので、すっかり忘れた。
しかし、よく考えたらリアル会うのって…まだ3回目だよ(笑)

メールで所在確認して、おはらいまちでどーんと再会!



(写真は実はもっと後で撮ったのですが。ってかこれしかない!)

愛ちゃんの車に乗せてもらって、河崎町へ。
古い町並みの残る一角で、伊勢市駅の向こうになります。

愛ちゃんは、河崎商人館で自作アイテムの展示即売会中。



ここもたぶん何度か来てて、いつ来ても帰りたくなくなっちゃう、おもろ空間です。

お昼を愛ちゃんとともに。
運河を渡ってのんびりと、お店に向かいます。



どどーん。
伊な勢さん。
もう、門構えからして立派。



小鉢や天ぷらを楽しんで、お鮨!
どのお料理もとても美味しくて、愛ちゃんはかわいいし、もう幸せだったー。
愛ちゃん、ありがとう!



お腹いっぱいでながめたお庭。
またきてねのかえるさんが、こっちを見てました。



商人館に戻り、資料館見て、訪問着脱ぎ捨てて(笑)、名残惜しいけど東京に帰ります。

もっちろんまた18きっぷでね(笑)。
驚いたことに、15時半過ぎに伊勢を出ても、日付が変わるか変わらんかの頃に最寄り駅に着くんですよー。
おそるべしJR。ん?なんか違うな…。

名古屋まで乗った近鉄特急からみた夕暮れの空。




あたし、東海地方が好きだな。
母方が東海出身というのもあるけど、たぶん時間の流れ方とか空気の色が自分に合うのだと思う。
ルーツって不思議。

この旅は、いろんな出会いがあった。
積極的に関わらなくても、深く残った人もいる。
時間と場所の共有は、なににも換えがたい宝物。

18きっぷで伊勢へ その4

4日目、12月23日、いよいよ正式参拝の日です。

当初、参拝は朝食後の予定だったのですが、ついうっかり自分の希望をお伝えしてしまって、でも皆さんがご賛同くださったので早朝の参拝となりました。

明けやらぬ五十鈴川で手水を使います。



その後、正宮で御垣内参拝をしました。
このために、でかいキャスターバッグに訪問着一式を詰めて、ごろごろと引きずって歩いていたのです。
(でも、写真が一枚もない。(笑)着物はメインではなかったという意識がよくわかりますね(笑))

境内ではほとんど撮影をしないのが自分なりの流儀なのですが、今回、風日祈宮で一枚撮りました。



遷宮はまだ続いていて、ちょうどこちらは、新旧のお社が隣り合って仲良く肩を並べているのです。
こんな光景は20年後までお目にかかれませんので、つい、ぱちり。

そして。



これが見たかったのです。
宇治橋からのぼる朝日。
冬至を挟むほんの数日だけ、見ることができます。

私たちが参拝に向かう前から、たくさんの人がここで日の出を待っていました。
いちばん前の人は何時からいるんだろう?
でも、他の方の頭や肩越しでしたが、メンバーもみんな日の出を見ることができ、写真を見せ合うと、それぞれ違って撮れているのが不思議でした。
私はこんなでしたが、光の柱が写ったかた、光輪が写ったかた、ほんとにいろいろ。



まだ店も開いていないおはらいまちを進み、赤福へ。
冷えたからだを温めたくて、湯気の上がる店頭の蒸かし釜に導かれ~。

お腹も空いていたので、3個のせをペロリ。



もちろんこのあとの朝ごはんもペロリ。

チェックアウトをして、荷物を預かっていただき、あらためて御神楽奉納のために、境内へ向かいました。
すると!




そう、今日は天皇誕生日=天長節。
特別な神事が行われる日なのでした。





神官の行列。それはそれは荘厳で、静かな中の玉砂利の音がとても印象的でした。

御神楽奉納をすませ、皆さんとはここでお別れしました。
そして、飛ぶように向かった先は厩。

いたー。






きっとお出ましだと思ったのです、今日は。
かわいいお顔で居並ぶ人々をじっとながめたり、厩のなかを静かに歩き回ったり、なかなかサービス精神の強いお馬さんでした。


このあと、志摩在の伊勢育ちな友人の愛ちゃんと合流します。
わーい、何年ぶり。

18きっぷで伊勢へ その3

3日目、12月22日の朝です。
直前まで、というか、白子のホテルを出るまで迷っていたのですが、
このあと合流するあおいちゃんに背中を押され、無謀なチャレンジをしてみました。

9時30分に二見浦駅に着いて、徒歩15分くらいの二見興玉神社に詣でて、取って返して10時08分二見浦駅発の快速みえに乗って伊勢市駅に戻る、という(笑)、読んでるだけで疲れるタイムテーブル。

でも、乗り換える伊勢市駅で10分以上あるから荷物をコインロッカーに入れて走れるし、朝ごはんもしっかり食べたから大丈夫。

そして。
二見興玉神社に向かう道で!




深い深い碧の海!
これが見られたのだから、走ってもなにしてもがんばれる!

無事に二見興玉神社にもお詣りできて、浄めのお塩を求めることもできました。




心情的に夫婦岩は、イタイものがあるんだけど、ここへ来たらやっぱりこれ見て遙拝しなきゃね。
この方角は、富士山が見える向きらしいです。さすがに見えんかった。

その後、一瞬道に迷いながらも無事に10時05分頃駅に戻り、伊勢市駅であおいちゃんと合流→外宮参拝→はるちゃんと合流→はるちゃん号で瀧原宮へ。

瀧原宮で、今回の旅のメンバー全員と合流し、参拝です。
しばらくぶりの瀧原さん。
境内にはいると、ぴんと張り詰めた空気なのですが、柔らかく迎えてもらえてるのを感じます。




こちらは自然のままの流れの手水場。
この流れはやがて宮川になり、伊勢湾に注ぎます。

遷宮終わった瀧原のお社。




美しく神々しいお社に頭を垂れると、深いところまで見透かされて、でも洗われる気持ちになります。



他に誰も鋳ない参道は、泣きたくなるほど、光の森。

すぐそばの道の駅でバス移動のメンバーと別れ、遅い昼御飯をとりました。
言わずと知れた伊勢うどん(笑)



と、ストーブの前で温もったので、大内山牛乳のソフトクリームをつい。



このあと、ナビに翻弄されながら丹生大師と呼ばれる神宮寺に立ち寄りました。
ああ、写真がない!
なんということだ。
女人高野とも呼ばれる由緒正しいお寺さんで、隣接には神社もあり、日本古来の信仰のかたちがそのままでした。

ちょうど本堂にご本尊さまをお移ししているところに遭遇し、お堂に上げていただいて住職さんとご一緒にお大師さんを拝むことができました。

もっと時間をかけて訪ねたいところです。丹生の里。


さて。
今宵のお泊まりは、内宮そばの神宮会館。
イメージは合宿所だったのですが、どっこい料理はとても豪華でしかも美味しい!







このあと、ちゃんとお勉強タイムもあり、充実の一日を過ごしたのでした。

今日の反芻

紬塾の最終回は、実技・座学。それから。
中野みどり先生、笹山央先生、塾生でワインパーティー。
布や工芸を語ることが、これからの生き方ではいちばんラジカルなのではないか、という笹山先生の言葉が頭の中をこだまする。



この際だから書いておこうか。
年末の紅白で桑田佳祐がみせたパフォーマンスについて、FacebookにもTwitterにもたくさんのアップがあった。
リアル放送はチラ見したけれど、正直なところ、
「で?なにか?」
くらいしか思わなかった。
少なくともあたしには、伝わってくることはなんにもなかったのだ。
それが、タイムラインは賞賛、賛美の嵐。
ものすごく違和感があって、ついていけなかった、というのがそのときの感想。

そして、この数日で、アミューズから謝罪が出たり、ラジオでの本人謝罪の弁が流れたり、するとまた言論の自由が…なんて声。

ちょっと待ってよ、それってさ。
自分の頭で考えてない人が、誰かの行動に勝手に意味付けをしちゃっただけなんじゃないの?
そして、そのために桑田佳祐は自分でも考えてなかった立場に置かれてしまい、ちげーよ、とも言えずに、心にもないかあるかわかんないけど謝罪文を出さざるを得なくなっちまったんじゃないの?

って、これも、あたしの勝手な意味付けなんだけどね。
他人のことは言えないや。



今日、ワイン会で話をしていて、生活を手元にきちんと持っているためには、つねに考えることが必要だ、と思った。
生活というのは、経済ではない基本的なこと、すなわち衣食住がなるべくよい形で自分を支えている状態だと思うのだ。
高価でなくても良質のものを吟味して、自分や家族のために整えていく。
そのためには、与えられた情報を口開けて待ってるのじゃなくて、自分で探しに行き、それがどんな価値を自分にもたらすのかを考えなくてはならない。
いつもいつも考え続けることはできないけど、意識のいちばん深いところはいつだってアンテナ立てた状態でいたいと思う。



一瞬でも気を抜いたら、取り込まれるんだ、やつらに。


そんなことを思った。


ちょうど今日、同じ時刻に、敬愛する二人が主催するお話会があり、テーマが「あなたがいるからわたしがいるよ」だったのだけど、もしそこにいても、きっと同じようなことを考えたんじゃないのかなぁ、と思ったので、記録しておくことにする。


ブログはきちんと残す用。
Twitterは毒吐き用。
Facebookはエントランスホール。



あの朝

団地の5階に住んでいた。
今のところではなく、でも、同じ5階。
建物が軋む音がして、地鳴りがした。
え?
とわずかな間を置いて地震がきた。

まさかそれがそんな遠くの地震だとは思いもよらず。
朝のニュースでも、まだ正確な情報が流れていなかった。

事態を知ったのは昼頃、出先のテレビを見たときだった。
ちょうどいたところの責任者は芦屋の出身で、みるみる顔が青ざめて行く。
他にも阪神地区に縁のある人もいて、午後の予定を全て中止にして、私たちは解散した。

幾人かの友人が神戸や西宮に住んでいたり、あるいは実家があったり。
自宅に戻って、狂ったように電話をかけまくった。
誰にもつながらなかった。

連絡がとれ始めたのは4日目だったろうか。
遠く離れて、行き来が頻繁でなかった友人たちに、それでもそんなに早く連絡がついたのは、今考えるとほんとうに驚くべきことだったと思う。
あたしも必死だったけど、みんなも生きるために必死だったと。
力を使えるものが、求めるものに差し出す。それはあたりまえのことで、特別なことをしているとはこれっぽっちも思わなかった。

日が経って。
やはり悲しい知らせも入ってくる。
つらかった。受け入れることのできない感情を抱えたまま、東京で暮らすのは、想像以上にきつかった。
なぜなら、同じ立場の人が、自分の手の届くところにはいなかったから。やるせない想い、泣きたくても泣けない夜。

そして。
さっきよみがえってきた、ずっと奥底にしまってあった記憶。
やっときた春のある日、あたしは長田にいた。
友人のかわりに。彼女は海の向こうで闘病中で、ご両親の住む長田に来ることができずにいた。
ご両親とは地震のあと連絡がとれていない。彼女は長田に住んだことがないので、ご両親の交友関係がわからない。
現地に行っても消息をつかむことは難しいだろうと思った。
実際、なんにもない焼け野はら。
地図は役に立たなかった。
どこから道でどこから家がたっていた場所なのか、さっぱりわからない。
でも、たぶんこのあたりだろう、と見当をつけた。
なんにもなかった。なんにも。
きっとここにいたのね。手で砂というか、土というか、瓦礫の粒々に近いもの、をすくいとり、持ってきた布の袋がいっぱいになるまで詰めた。

その袋を帰国した彼女に渡せたのは、それからずいぶん経った、暮れのある日だった。
何も言葉にできず、抱き合って泣いた。
いつまでもいつまでも泣いた。

それきり、彼女とは音信不通になった。

あたしに会えば、そのときと同じになる。どこへも行けない。だからだろう、と思う。
どこへ行ったのだろう。日本には他に身寄りはなかった。アメリカには家族がいたので、おそらく今もアメリカにいるのだろうと思う。

元気でいてくれるなら、それでいい。
そこにいてさえ、くれれば。
いつか会えるかもしれない。

あと数時間でまたあの時間がくる。
黙祷をささげよう。
全ての御霊に。
そして。今を生きる人々のために祈ろう。












記録(1/7)

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18きっぷで伊勢へ その2

第2日。
今日は和歌山県タッチアンドゴーの列車旅です。

ええ、熊野新宮まで行ってきますよ。

白子から近鉄で津に出て、そこからは青春18のお世話になります。
延々と紀勢本線に乗り続けます。
津から多気までは快速みえ号。その先は、まさしく鈍行列車です。

途中、翌日訪れる予定の瀧原宮への最寄駅を通過しました。



このあたりまでは車で来たことがあるのですが、その先は、
2008年の秋に熊野詣でをしたとき以来なので、とても久しぶり。
そのときはまだ位置ゲーヲタにもなっていなかったし。

山間をずうっと走りますが、いくつものトンネルを抜けると、急に海が見えます。
紀伊長島の海です。



この紀伊長島駅で約30分の停車。
すれ違いと、たしか特急の追い越しもあったような。
(単線なので。)
それで、合間に下車してお手洗い。
そして駅員さんに、駅スタンプありませんか、とお尋ねしてみたら、
事務室に保管してあるとのことで出してくださいました。



最近、どんな人だかわからないけど、このスタンプをパクっていく人がいるんだそうです。
なので、この管内ではほとんど出していないというお話しでした。
そんなん、鉄の風上にもおけんわ、と激怒激怒。

再度車中の人となりまして、この先は海が見え隠れしながら線路は進みます。
駅コレっていう位置ゲーもやってて、行きでなんとか全部採集したいもんで、
電池も節約しながら。(笑)

そうそう、太平洋ってこんな色なのよね。



熊野川を渡るとそこは和歌山県で、そして目的地の新宮です。
列車もここが終点です。



熊野速玉大社までは、歩いて15分もかかりません。
歩き始めてすぐに、以前来た時のこともぱぱぱーと脳裏に戻ってきて、
お詣りまえに香梅堂の鈴焼きをゲットしました。
ここでしか買えない、鈴のかたちをした人形焼みたいのです。
ほんのり甘くておいしいんだ。

というわけで、ちょい寄り道しながらも速玉さんに着きました。



参道を奥にすすむと、少しカーブしているところに
ご神木の梛の大木。
光がさしこんで美しい。



ここのお社は、鮮やかな丹塗りです。



今回は時間がなくて訪ねることはできなかったのですが、
ここが新宮と呼ばれるのは、元宮ともいわれる神倉神社があるためだそうです。
こちらでご朱印をいただくと、神倉さんのもお書きしますか?と聞かれます。
もちろんわたしはいつもいただいています。

帰りにもう一度商店街を通ったので、撮りました。
なんていうか、寂れてます。シャッターおろした店の多いこと・・・。
これで日曜の昼間ですからね。



んで、歩きながら、お昼を食べるところをパンフレットから物色。
新宮の名物はめはりずしなんですが、もうひとつ、さんまずしもあったはず・・・と思い、
駅前の徐福寿司へ行ってみましたところ・・・。



やった、今が旬なんだ!
というわけで、さんまずしと、このお店一押しの昆布巻き寿司をいただきました。



お店の名前の由来である、徐福公園の門。
見ただけで、入ってません(笑)。



帰りの列車で席を確保したら、向かいに入線してきた紀伊田辺行き。
きれいな太平洋の色。
あっちに乗りたかったなー。



帰りは少し雲がかかってきて、海の色の鮮やかさがちょい少な目ですが、
新鹿の海水浴場です。
あたしか、と読みます。
きれいな砂浜・・・。



ディーゼルのぐおんぐおんという音に揺られながら白子に戻ってきたのは
もう夜でした。
新宮には2時間くらいしかいられなかったけれど、
とてものんびりとした一日を過ごせました。

正月に思うこと

三が日過ぎてから、昨年のことに想いを馳せたり(笑)

気学を暮らしに取り入れていると、年の変わり目が節分なのです。
今もまだ12月節だったりするし。
そんなわけで、気分はまだ年末のような気もします。

一昨年の秋から身辺が大きく揺らぎ、新しい出会いや唐突な別離など、人間関係の動きがたくさんありました。
特に出会いがとても多く、しかも出会った一人一人のかたのクオリティがとても高い!
いままでの人生のなかで、重要な順に10人セレクトしてみ?って言われたら、もしかしたら、半分近くがここ1年余りの出会いかもしれない、それくらいの激動です。

そんなふうに思えることがとてもうれしいし、今まで歩いてきた道は、それほどどっぱずれてなかったんじゃないかなぁ、と感じます。



家族とは違う、他人なんだけど自分にとって大切な人というのは、望んでも出会えないかもしれない、あるいは出会っていても気づかずに通りすぎてしまうかもしれない。
だけど、きちんと関係を築くことができたのは、そうなるべきものだったのだ、と感じます。

出会えたことに感謝。


ニューイヤー礼拝でのお話、『つながる、ということ』を深くかみしめました。

そして、今日一緒に過ごした友人と、こんな話ができたことにも、ありがとう。








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Author:たまねぎ
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