山陰へ行ってきたよ 32年ぶりの友は・・・ 第4日~次の朝

しまった、タイトルだけ先に送っちゃった・・・。すまん、ツイッタ経由ミクシ経由のかた。

Y家におじゃましま~す。一宿一飯の恩義、かたじけない。
すんごくふつうの一戸建てにお住まいです。
ふつうっていうのは、建売住宅とかじゃなくて、自然発生的にうまれた集落のおうちってことです。
縁側とか、いかにもお勝手っていうかんじの台所とか、タイル張りのお手洗いとか。
んで、すぐ横が畑だったりして、のどかなんですよ。
団地住まいの者としては、とてもとてもうらやましい。
Y氏は「ボロだから寒いんだよ」と言いますが、それもおうちの個性です。

おでかけしていた奥様の帰りを待って、夜の宴。
奥様とわたしはあんまりたくさん飲まないけど、Y氏はかな~りのんでました。
ヨッパは、昔のあれこれをよく思い出す(笑)。
あたしが覚えてないようなこともあったし、
えっ、それ覚えてたのかよ、をいをい、なちょと気まずいことも出てくるし、
いやいや、お互いにヤバスな会話を、奥様は笑いながら聞いてる・・・。
あとでネタにされたのかなぁ・・・。
もちろん、わたしだって記憶暴露してるわけで、
食べてるかしゃべってるか、とにかく口はよく動いた。うん。
止まってるヒマなかったもん。

奥様も都立高校の出身で、うちらの学校からそう遠くはなく、
校風もそれほどどっぱずれて違いはないので、
似たような経験談はお持ちでした。

そんなこんなですきやき準備に始まり、食べながらかれこれ4時間くらいたったかなぁ。
Y氏がいきなり、離脱宣言。
1時間仮眠して戻ってくるって・・・ヨッパの宣言くらいアテにならないものはない。
奥様とふたりで置いて行かれ、そこはそれ、女どうしってなんかね、
笑えるくらい話ができちゃったりもするので・・・。
1時間くらい話し込んでしまいましたが、お戻りになる様子もなく、
「朝まで仮眠ですよね~」ってことでわたしたちもやすむことにしました。

ふつう、客(ってか、客じゃないけど・・・)おいていかないと思うけど、
まあ、客分じゃない扱いをしていただけたのは、なんとなくうれしい。


そして迎えた朝。
奥様よりもY氏が先に起きてきましたです。
ごめんねって、いや、もう仮眠って口走った時点でお戻りを期待してませんでしたから(笑)
どうやら少し酒量がすぎたのか、うだうだしばらくお茶飲んだりしていたのですが、
「今日は休む~」
ほよよ。大学准教授てそんなにいいかげんなのか、と思ったら、
今期は授業を持っていないので裁量労働なんだって。
で、朝ごはん食べて、まったりとお茶飲んで、またうだうだとバカ話して。
いつの間にやらお昼になってました。

そんなわけで、とても歓待してもらった旧友襲撃でした。
上を下への大騒ぎじゃなくって、こんなふうにテキトーに扱ってもらえるほうがうれしいな。
時間の壁がなくなっちゃってたから。

おまけ。
師匠んちまで送ってもらおうとして、師匠実家の住所も電話も知らないことに気付いた!
さあ、れっつ記憶すけっち。
ブランナールみささから帰るとき、一本道をどこでまがったっけ?
すごーくあやしい記憶をたどるのに、いまどきはグーグル地図なんていう素敵なものがある。
三朝温泉から倉吉市街へ向かう道は川沿いで、そこを鋭角に右折した、そんで、
おうちの前は並行する上下2段の道がある、というはなはだいい加減な条件でさがしたのですが、
そこはそれ、地図大好き人間ですから、ちゃんとみつかりました。
そうこうしているうちに、師匠に問い合わせた住所がメールで送られてきて、
おおお、ビンゴであることも確認できまして、
あの本と違って「地図が読める女」であることを立証したのでありました。

Y氏ご夫妻に感謝いたします。
とてもゆったりとすごさせていただきました。
このお礼はまたスタバの豆で、お返しするかな。







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山陰へ行ってきたよ ツレが変わりました 第4日

ああ、早く書かなきゃ。といいつつ、マヤ暦のせいで年賀状にも手をつけておらず。
新年来なくてもいいぜ。

で、ブランナールみささのロビーで師匠とうだうだしていましたところ、
水もしたたるいい男、じゃなくて、耳から血したたる白髪三千丈翁、登場。

ええ、高校卒業以来の再会となる、なつかしい仲間です。
うちの高校はクラス替えがないので、入学時に違うクラスだと絶対に一緒にならず、
んなわけで離れたクラスでしたが、
3年間、学校祭(創作展ていう名前の展示部門文化祭)の実行委員をしていたのです。
顔本は性に合わないかも、と思いつつ、昔の友人知人を探したくて登録したところ、
あっというまに会いたい人がみつかりました。
彼もそうして捕捉したのでござんす。
大学院卒業後、三朝温泉町にて職を得、鳥取のひととなっているのならば、
この機会に会わずしてどないすんねん。

ここからはY氏と呼びましょうね。
なんかね、髪はまっしろけになっていましたが、
目元とか歩き方とか、ぜんぜん変わってなくてすぐにわかりました。
18歳のとき以来なので、32年(をい)なんですが、三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、
もうあの頃、ちゃんとその人になっていたってことですね。

Y家の車、過去にはうちもその車種に乗ってましたが、スズキのジムニーで
まず連行されたのは、耳傷の手当をするためのご自宅。はおいといて。
午前中になにをしていたかを尋ねられ、三徳山行ったけどお堂は拝んでないよ~と言ったら、
見えるところあるからと連れて行ってくれました。

投入堂

うわぁぁぁぁぁ!
すごい、すごい!山の斜面に貼りついてる。
・・・あれにのぼれるのか、ぢぶん・・・。
・・・ほんとにいつか行く気なのか、ぢぶん・・・。
Y氏談。毎年遭難者出る。するとヘリコ飛ぶ。たまに自衛隊出動する。
うむむむむ。

山を下りて、三朝温泉のまちの中へ。
ふるい温泉旅館や商店の立ち並ぶまちなみを歩きます。
とても温泉街っぽくて好き。
昔からの湯治場のまちなみです。
今は、大きくてどっか~んとホテルや旅館が立ち並ぶ川向うと違い、
こっち側は時間が止まったような・・・。

Y氏がとあるお店の前で立ち止まりました。床屋さん??
「行きつけ?」
「まあそうだけど、変わったものが見られるよ」
なんだろう、わくわく。

これはなんだ?まずは実物をごらんください。

梶川理髪館-1
梶川理髪館-2
梶川理髪館-3

種明かし。
上から、シェービングマグ(シェービングソープをアワアワするやつ)
髭剃り受け皿
子ども用散髪椅子
なんでも、ここのおじさん、世界でも有名なシェービングマグのコレクターなんですって。
昔はマイカップを預けてあったんですねぇ。
理髪店って、おじさんたちのサロンみたいなとこだったんだろうか。
きれいなカップを見ながら、知らない世界を妄想。
なんとお茶までいただいてしまって(笑)、ゆっくり休憩させてもらっちゃいました。

温泉神社やら源泉やら歩きながら、昔の話、今の話、いっぱいしゃべりました。
32年の時間はどこに行っちゃったんだろう。
昨日まで同じ高校に通っていたみたいな、不思議な感覚。
それはわたしだけじゃなかったみたい。

誰とでも話ができる人のふりはしていますが、基本的には一緒にいられる人は
そんなにたくさんいないです。

ゆっくりのんびり温泉街を歩き、さて、お買いもの。
途中からY氏の頭の中は晩御飯=すき焼き でいっぱいになっていたらしく、
買い出しにお供しました。
地元のスーパー、めっちゃ楽しみ。
その土地でしか売ってないものがあるはず。わくわく。
と思ったら、ちょと待て。すき焼き?西日本にないものがいっぱい必要なメニューじゃないか。
それはなにかというと・・・。

焼き豆腐に白ねぎ。(そう、西の人は関東で売ってるあのねぎを「白ねぎ」という。)
というわけでスーパーを3軒まわったっけ?
白ねぎはみつかりましたが、焼き豆腐はなかった。
いつもおいてるというスーパーも、今日は品切れ。
でも、すき焼きにお豆腐は欲しいよね。なので、たまねぎは知恵を出した。
木綿豆腐買って、水切りしようぜ、と。

お買いものの最後は、猫めし。
え~、そんなに買うのか。自分ちの猫じゃないのに。
(詳細は次回に続く)

日も暮れてきたので、おうちに帰りましょう。
 






山陰へ行ってきたよ 三朝町を徘徊 第4日

訂正です。

ラドンの半減期を間違えてました。
3.8日です。
ごめんなさい。




やばい・・・なにしてたか忘れそうです。
それは・・・ええ、トシのせいですとも、そうですとも。
達郎のCDなんか後回しにしなさい。CDは消えてなくなりませんが、
記憶はあっさり消滅します。または捏造されます(笑)。

今回、事前調査で、「倉吉絣でまち歩き」というイベントをキャッチしていて、
最近着物に興味を持ち始めた師匠とともに、倉吉を着物で歩こうと妄想していたのですが、
電話してみたところ、土曜も日曜も定員いっぱいということで、
次回(え、次回があるのか)持越しとなりました。
こんなイベントです↓
倉吉絣でまち歩き

というわけで、日曜日の朝、師匠宅をゆっくり出発しました。
向かった先は、役行者が修行したという三徳山三佛寺。
天台宗のお寺です。
三徳山という名は、
  「法身(美しい)」
  「般若(にごりのない)」
  「解脱(働きのある心)」
の3つの徳に由来するのだそうです。
やばい、どれひとつとしてあたしが持ってないものじゃないか。
いつかここで修行をしなくてはいかん。

この日は天気予報どおり、荒れ模様。
三徳山に着いたときにはかなり風も強く、雨も降り始めていたのですが、
拝観料を払って本堂へ向かって歩き始めたところ、雨がやみ、
本堂に着くころには陽がさしてきました。お堂の前には広く開けたところがあり、
木漏れ日が降り注いで、雨に濡れた木々をいっそう輝かせてくれていました。

三徳山本堂

うーん、やっぱり携帯の写真はだめだな。
てか、前のカシオのガラケーはカメラよかったんだ。
シャープはダメですね(笑)。
山深いお寺さんだというのはおわかりいただけるでしょうか。


参道を上から撮ってみたら、こんなに急な階段だった・・・。
ちょとコワイある。

参道

でもとても気持ちの良いお寺でした。
山全体が聖域で、登山なみの参道を登っていった先に、国宝の投入堂というお堂があります。
いつかはそこに行ってみたいです。
あんまりとしをとらないうちに行かなくちゃ、行けんようになる・・・。


下山して、お次にめざしたのは三朝温泉の国民宿舎ブランナールみささ。
土日祝は、温泉プラスランチバイキングというプランがあるのです。

三朝温泉は、世界でも屈指のラジウム温泉です。
まあ、こんなときになぜラジウム?ですが、ラドンの半減期はたしか30分ですから、
源泉から湯船にくるまでにどっか行っちゃってるということで許してください。


ここから追記。
じゃなくて、半減期は3.8日です。
家に帰る頃には、半分。
健康法として、昔から湯治してるようですが、
発ガンリスク論文もあり、賛否両論。
まあ、それほど、放射能のことは誰もわかっちゃいない、ということなんでしょうね。
追記終わり。


ブランナールの大浴場はとてもきれいです。
洗い場も間隔広めでゆとりがあるし、なによりお湯が豊かです。
半日前にも入りましたが、何度入っても、気持ちいいもんは気持ちいいんだい。
のんびりゆっくり旅の疲れを癒して、いざランチバイキングへ。

といっても、なんか動いてないから腹がへらぬ。
軽めのものをちょこちょことつまんで、ごちそうさまになってしまいました。
いや、しかし、米がうまい。
どうやら三朝米は、実はおいしいことで有名だったらしい。知らんかった。
だって、関東にまで流通しとらん。たぶん阪神地区で消費されちゃうんだろうなぁ。

そして、午後からは師匠とお別れして単独行動です。
え、そんな、アシもないのにどうすんの?
いやいや、心配ご無用。

またもや、午後編に続く。

山陰へ行ってきたよ 鳥取三昧だぁ 第3日

年内に完結できるのか、と危ぶまれております。
ええ、本人としては、ちゃんと終わらせる心づもりでおりますよ(笑)

らっきょう畑を楽しんだあとは、師匠が予約してくれたおいしいお昼へ向かいます。
鳥取の食材を使った和食れすとらん。
地産地消という言葉、今の東日本ではご法度に近い状態ですので、
久しぶりに使いました。

ランチタイムはお弁当のみの提供とのこと。
お弁当といっても、こんなにおしゃれさん。

ゆかしらんち

二段お重のようなお弁当箱の中身は、わくわくわくわく。ほれっ。

中身

うわぁぁぁ、とてもきれいです。
ていねいに作られたおかずが、少しずついろいろ。
トシヨリになると、こういうごはんがとてもうれしいです。

やはり西日本ですね。味も色合いもとても上品です。
薄味なので、素材の味がよりはっきりと感じられます。
とくにお野菜。とても甘みがあるのです。大地のめぐみですね。

見た目的には足りねんじゃないのか、と思いましたが、食べ終えてみるとおなかずっしり。
意外なボリューム感でした。


おなかがいっぱいになったあとは、さてどうすんのかなぁと思ったら。
師匠いきなり。
「大山まで行こう!!」
え。鳥取県東西横断ですよ。
まあ、乗っけてもらってる身としては、らじゃ、というしかない。
おなかいっぱいになると眠くなるに決まってるので、
機関銃のように師匠に話しかけるわたくし。(笑)
え、いつものことだろって?いやいや、そんなにしゃべらないよ最近。
もともと黙ってろって言われたらたぶん一日黙っていられるので・・・。
(職場では座敷童をめざしている。)

大山の中腹に大山寺というお寺さんがありますが、
おそらく開門時間中にはたどりつけないと思いつつ。
名残の紅葉を楽しみながら、ドライブドライブ。
ちょうど日帰り登山を楽しんだかたがたが下山してくる時間帯だったようで、
足湯につかってるグループがいました。
冷えたからだをあたためるにはぴったりだと思います。

曇り空だったのですが、ちょうど大山寺橋についたときに雲が切れて、
弓ヶ浜を見ることができました。

大山寺橋より

はっきりと海岸線が見える!

同じところから山側をみると、こんなです。

山側

少ぅしだけ紅葉が残っているの、おわかりでしょうか。
晩秋の大山を楽しむことができました。


あとは、またまた師匠におまかせして、おうちへ一路。
ありがとうね、師匠。ずっと運転させっぱなしでさ。

そして、帰宅してから、ふたりで三朝温泉につかりに行きました。
みささらどんはどこだ?見たいひとは↓クリック。

みささらどん




崎山比早子先生のお話しを聞きました

表参道から、猛ダッシュで地元に戻りました。

行先は聖蹟桜ヶ丘の公民館。
今日から3回シリーズの連続講座を受講することにしたのです。
タイトルは、放射能汚染と女性・子ども。
多摩市の女性センター事業なので、女性とか子どもとか入れなきゃならんのだが、
ほんとは全市民対象だよなぁ、と思いながら。
でも、会場についてみたら、ちゃんと男性もいらしたよ。


崎山先生は、放医研にいらしたかたなので、被曝に関してほんとうによくご存知のかた。
その先生が、たんたんと福島とチェルノブイリの現状を語って下さいました。

事故調にも参加していらしたので、そのことも。
期間が短く、力不足だったと嘆いておられました。

半月前の小出助教とは異なり、原子力そのものを使う技術者ではない立場のかたが、
原子力の被害を語るのは、別の意味の怖さがありました。



隣の席で、幼い女の子を抱き締めて話を聞いていた若いお母さんが、講演終了後に、
「おかあさん、すごいお話しをきいちゃったよ~、これからどうしたらいいんだろうね~」
と途方に暮れたように女の子に話しかけていました。
ので、とりあえずわたしも話してみました。
「まず、原発止めたいって意思表示を、明日の投票にこめてみませんか」
と。
彼女はうなずきました。


内部被曝は、これからもずっと考え続けなきゃいけない問題です。
なぜそうなってしまったか。
事故が起きたからです。
では、今後どうするのか。

ひとりひとりがそれをしっかり考えて、
明日は自分の権利を行使する。
なにもしないうちに諦めてしまってはいけない。

あと8時間ほどで、日本の将来の舵取りを左右する選挙が始まります。

雨に怯えながら着物でお出かけ

表参道の新潟県アンテナショップで開催中の『衣・食・充分!新潟!』にいってきました。

新潟といえば、越後の反物どころです。
が、ごめんなさい。本日のお目当ては、着物じゃなくて、
新潟のおいしい食材をつかったおいしいお料理の試食会でした。

目で召し上がれ。







もち豚のローストが絶品!
それから、陶器の羽釜?で炊いた炊き込みごはん。
どれも素材の力を目一杯引き出したお料理で、
お腹も心も大満足でした。


顔ツボの先生、工藤さんにお誘いいただき、
会場には前結びでとてもお世話になったちぃちゃん先生もいらっしゃるときき、
そりゃ着物で行くぞ~ですが、あいにくの雨予報。
ので、濡れてもよいお気楽コーデです。




着物は、木綿の備後絣。
今は生産されていない、貴重な品になってしまいました。
帯は、よく登場する、三橋京子さんの型染め半幅です。これも素材は木綿。
洋服でたとえると、ジーンズにTシャツってなレベルですかね。
それでも、なんとなくきちんとして見えるのが、着物のエエところです。

あと5日

期日前投票するかた。ボールペン持参しましょう。
もちろん16日だって、そのほうがいい。

できるだけ、選挙公報や、折り込みポストインのちらし、読みましょう。
国防軍とか、貿易自由化とか、その言葉の意味をよく考えて。

我が子を死地に送りたくなかったら、この選挙、真剣に見つめてください。
死地とは、戦場とは限りませんよ。





平和で、平穏だったら、誰でもいいんだけどさ。
今は、すべてにおいて非常時だから。
見て見ないふりは、もうしちゃいけない。

山陰へ行ってきたよ 鳥取をさまよう一日 第3日

さてさて、えらく間があいて、こういうのを間抜けといいますが。

今回の旅では、師匠のご実家にたいへんお世話になりました。
3泊もさせてもらっちゃって・・・。ありがたいことです。

で、おまいりを無事に終えて倉吉市内のご実家に着いたのが21時過ぎ頃。
師匠のお母様(以後、ママとお呼びします。)と3人でかる~く酒盛りして、
たくさん歩いた疲れもあり、就寝。

翌日は、ママも含めて3人で、師匠の運転で鳥取三昧ドライブです。
まずは、これをはずしてはいかん、という鳥取砂丘!!!
小学生のとき、一時大阪在住だったので、家族で来たことがありましたが、
それ以来なので、なんと40年ぶりの訪問です。
わくわくわくわく。
その前に。

砂の美術館、という観光施設がありまして、そこをみることにしました。
建物の中に砂の象×像があるのですが、ふつうの私ならそういうところはパスするところ。
ですが、今回は、すべて成り行きに任せる、と決めて旅に出ておりましたので、
師匠にくっついてとことこと観覧。

砂の美術館

えーと、いっぱい写真は撮ったんですが、これがいちばん好きなので。
タイトル忘れましたが、ヒトへの進化ですよね、よく知られてるアレです。
これ、砂丘の砂でつくってるの?どうして崩れないの?
今回のテーマは英国ということで、バッキンガム宮殿だのロンドンブリッジだの、
さまざまな作品が展示されていました。
でね、さっきの写真じゃ大きさがわかんないよね、実はとても巨大なんです。
これだ。

美術館内

ねー、すごいでしょ。
というわけで、どうやって作ってるか、どうしても知りたかったので、
屋外の制作現場を見に行きました。

制作過程

ある意味、正統派であった。そうだよね、こうやって積んでおいてから、
彫刻していくしかないよねぇ。しかし、素材が砂です。
どんなに圧をかけて固めているのか、それがこれを見る限りでは人力なので、
どひゃ~というかんじです。

砂丘に行く前から砂の力に圧倒されまくりました。
砂のさらさらをインプットしたのち、いよいよ砂丘です。

砂丘!

前方、小高く盛り上がっているのが馬の背と呼ばれる丘で、その向こうに日本海がひろがります。
風は強いものの、お天気はまあまあよろしく、砂を踏みしめながら歩いていると、
背中にうっすらと汗をかいてきました。
そうなんです、さらさらの砂を踏みしめて歩くのは、かなりの負荷です。
へたなステッパーを踏むよりも、ずっと力がいる。
そして、風も吹いているので、あまり人のいかない遠くのほうには風紋のかけらが見えました。
わたしたちも、馬の背をのぼって向こうの海をながめることにしました。
この馬の背、高低差が20mくらいあるんだろうか。
最大高低差は40mとか、どっかに書いてあった気がする。
ステッパーじゃないけど、上ってずるっと落ちる感じなので、ふつうの斜面よりたいへんです。
でも、やっぱり上から見る海は、すごかった。
砂丘の砂は、海から運ばれてきて、風のいたずらでこんなふうにうずたかく積もったものです。
丘の上から青い海を見ていると、砂丘ができるまでの
長い長い長い時間の流れをすこしだけ感じることができた気がしました。


お昼ごはんを食べに行く前に、ママがラジオでキャッチした情報を教えてくれました。
「らっきょう畑の花が満開」
数日前の放送だったそうですが、ぜひとも行ってみようということになりました。

らっきょう畑

おお、こんな色なのか。
遠くのほうを見ると、濃い紫いろがひろがり、とてもきれいです。
ちょっと見、ラベンダー畑みたいな・・・。
花の咲く時期も意外ですし、色もかなり意外でしたが、初めてみるらっきょう畑に、
地元民の師匠親子も大はしゃぎ。もちろんわたしも大はしゃぎ。
いやぁ、情報収集ってだいじですね。

午後編へ続く。




小出助教の講演会に行きました

首都大学東京と名前を変えてから、初めてキャンパスに入りました。
やはり頭の中では「東京都立大学」のままです。

今日の講演会は、八王子市民講座と首都大人文学講座の共催で、
『子どもたちに原発は残せない』というテーマでした。

大ホールが満席で立ち見も出るほどの盛況でしたが、
なにか違和感を拭えない。
それは、時折小出先生が真顔で話すことに笑いが起きるからです。
ああ、所詮はここに集まった人々にとって、
他人事なんだな、と強く思いました。

小出先生のお話を直接聞くのは初めてでしたが、
著書や、インターネットでの配信アーカイブなどを通じて、
ほとんどは触れたことのある内容でした。
でも、それらをライブで一気に聞くと、
あらためてこの事故の重大さや、
黙って原発を増やすことに加担してきた罪を
ひしひしと感じます。

以前から、小出助教は、大人は汚染された食品でも黙って食べろ、と言ってました。
それを非難する意見がたくさんあることも知っています。
それでも先生がそれを言い続けるわけは、
やはり先生の肉声を聞いてわかりました。
原発を止めることができなかった大人が、次世代の子どもたちに詫び、
何らかの形で責任を取るとしたら、この方法しかないのだ、と。
どう選別しようとも、子どもたちの口に入ってしまうものを
ベクレルフリーにすることは不可能に近いです。
とすれば、せめて全量を減らすことで危険物を少しでも減らすくらいしかできない。
そのことで大人に症状が出たとしても、
それは罰であり、贖罪なのだ。


なんという酷いこと。



そして、今日は泣くまいと思っていたのに、
どうしても、涙をこらえきれませんでした。
それは、休憩中に、市民講座のから発生した活動の写真が流れたときのこと。
保養プログラムに参加した福島の子どもたちの写真に被さって流れたのが、
ユーミンの「まもってあげたい」でした。
歌詞をご存知の方も多いと思います。

福島の子どもたちに、とんぼを捕ったあの夏はもう帰ってこないのです。
そんなことひとつできず、子どもたちをまもってあげたいなどと言えるはずもない。


以前同じようなことを漏らした私に、
君が責められることではない、と言って下さったかたが何人もいます。
確かに私ひとりではありません。
今まで声をあげなかった全ての人に等しく責はあるとも言えます。

でも、私は仕事を通じて知っていた。
ひとたび事故が起これば破滅につながるということを。
それを言わなかったことは、深く悔やまれます。


ちょうど講演会の最中に、俳優の山本太郎さんが

ひとりで新党を立ち上げて出馬するという会見を開いていました。
Twitterで実況していらしたかたのおかげで、
彼の発言の大半を知ることができました。
ひとりでも戦うひとがいる。
そのことは、私に少なからず勇気をくれました。


できることをやるしかない。
今言えるのはそれだけ。
でも、それが積み重なれば、なにか変わる。
そう信じるしかない。

小出先生ありがとう。
たぶん、まよいながらだけど、前に進める。



そんな私のひとり晩ごはんは、心も体もあたたまるように、
手作りワンタンでした、
うま~。
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Author:たまねぎ
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ゆる~く生きてます。
好きなものがたくさんあります。

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