木下黄太さん講演会@稲城

ずっとツイッターとブログで情報をいただいていた木下黄太さんが、隣の市で講演会をなさることを知り、
いまさらなのだが、お話しを聞きに行ってきた。

まったく知らない事柄はなく、ネットの中で情報収集しているのが必要十分であることを実感。

木下さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927

賛否両論あるのは百も承知である。
しかし、安全なのか危険なのかわからないものに対して判断を下すとしたら、
危険かもしれないのだ、と考えて行動する。
あたしの生き方はそういう生き方だ。

本音を吐くと、正直なところ、関ケ原を超えて西に逃げたい。
ぎりぎりで名古屋だと思っている。
が、うちの子どもたちは、東京で生きていくという選択をした。
経済的に私立大学に2人通わせるには、ダブルインカムが必要だ。
ということで、我が家の辞書からは目下のところ「首都脱出」という四字熟語は消えている。

バックアップとして、子どもたちは生命保険に加入した。
わたしはがん保険を増強した。
(すみません、保険関係で仕事をしているのと、貯金がたぶん少ない(笑)ので、保険で補っています)
あとは、口から入れないようにどれだけ気を配るか、だ。
でも、呼気に関しては、使い捨てのマスクなどなんの役にもたたないし、
だからといってお高いN95とて効力100%なはずもなく。
できることはやはり食べ物だ。
買えるものが限られてくるのは否めない。
それでも、黙ってできることはこれだけだ。


何度か書いているが、昔、福島第一の仕事をしていたことがある。
その他のサイトにも何度か足を運んでいる。
何度も何度も入所教育を受け、聴けば聞くほど疑問と違和感が大きくなるのを止められなかった。
結果、その仕事を続けることがつらくなって退職したのも同然なのだが・・・。

今、後悔しているのは、そのときに何もしなかったことだ。
何もしないというのは、中立でもなんでもない。
容認しているのと一緒だ。
おそらくそのことが自分を責め続ける。これまでも。これからも。


講演を聞いて、はっきりと感じたことがある。
もはや家族の誰が発症しても不思議ではないほど、東京は汚染されている。
今、わたしがなすべきことは、理解しない家族に対して説得をする、などという無駄な時間を費やすことではなく、
できるだけ自分を守り、万が一のときに家族を看病できる要員でいることだ。
家族は、わたしが放射能の話をすることを嫌がる、というか、拒絶する。
そういうことだ。
わからない者はわからないまま、警戒せずに生きている。
それを変えることはわたしにはできない。
自分の家族は守りたいと思っていた。でも、何度も言えば言うだけ疎まれるだけなのだ。
だったら、家族であっても見切りはつけよう。


こういうのを絶望というのかね。

たとえようのない孤独を感じる。




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昨日の着物

昨日も稽古に行ってきました。
課題は、銀座結び。あらあら、すっかり忘れてましたことよ(笑)

そして、教室に日よけ傘忘れてきちゃったぜ。



20120526紙糸紬

いかんなぁ、ライト付け忘れたか。
着物:玉虫工房の紙糸紬。軽くてはりがあって、着やすいんだ。
帯 :組紐リバーシブルの半幅。暑くて、帯締める気になれなんだ。

というわけで、一応韻を踏んでみました(笑)。

善意と利権

3月、友人に会った。
この友人は、中学時代の同級生で、卒業以来会ったことはなかった。
そんな友人とどこで邂逅したかというと。実はGREEで遭遇したのである。
ネットはほんとに絡み合っている。

で、会って話を聞いた理由は、彼の体験談を聞くためだ。
彼は、福島に行ってきたのだ。仕事は除染。

再会した頃すでに、彼は、定職がなく、派遣(それもたぶん日雇い系)で生計をたてていた。
仕事が途切れて生活保護を受給したこともある。
そんな彼が、派遣の仲間から誘われて除染の仕事をしに行く、とメールをくれたのは、
松が明けてすぐのことだった。

当初条件は、いわき市の除染で、宿舎もいわき市に用意されているということだった。
もちろん、私は放管手帳を発行してもらわなきゃだめだよ、と。
いわき市だから必要ないと聞いている、とのことだった。
稼いでくるよ、と言い置いて出かけていったのだが。

すぐに、宿舎はいわき市ではなく、郡山市に変更された、と言ってきた。
はあ?いわきの除染をするのに郡山に泊まるの?
毎日移動するの?
なんだかよくわからないけど、きなくさい感じがした。

2月の初めに、住民票が必要だから一度帰京すると連絡があった。
やはり放管手帳が発行されることになったのだそうだ。
「どこで作業してんの?」
帰ってきた答えは衝撃的だった。
「夜ノ森」
なんだって?富岡町だと?
甘かった。そういうことだったのか。
そこは立ち入り禁止区域だ。

1月の中旬から2月の上旬まで、彼はそこで仕事をした。

そのあともすぐに次があると雇用主から言われ、郡山の宿舎で待機していた。
来る日も来る日も待機という名の拘束だ。
ある日など、「明日から作業だ」の号令で早朝からいわきに向かうも、
現地近くで天候不順により中止だの、作業用のバッヂが用意できないから中止だの、
振り回されまくったようだ。

そして3月に入り、彼はついにキレて、そこを辞めて帰京した。

結局、福島滞在期間のうち稼働日は半分あるかなしか。
仕事のなかった日も、宿舎使用料と朝晩の弁当代(食堂じゃなくて弁当支給だって。)は
きっちり差し引かれている。
さらに過去に戻れば、福島へ向かう交通費も自腹、宿舎で自分が使う布団も自腹で用意・・・。



これってさぁ、きっと集金システムがきっちり組みあげられていて、
働いても働いても全部吸い取られる仕組みなんじゃないの?

おそらく元請けのゼネコンは、日給2万円だろうと予想した。
(それは今日、ある人のツイートでどうやら正解だったようだと判明した。2~3万と書かれていた。)
そして、彼はたぶんおそらくそこから4層か5層もぐっている。
わたしの業界でもそういうのはそんなにめずらしくはないし、
昔、サイト関連の仕事をしていた頃にも孫請けひ孫請けくらいは当たり前と聞いていたから、
おどろきはしない。3分の1になるだろうと計算した。

この日教えてもらった彼の賃金は、日給額面8500円。
そこから宿舎使用料800円、朝晩の弁当各350円が差し引かれ、手取りは7000円。
作業に行った日は昼食弁当も引かれるから、さらに500円マイナス。
6500円という日給は、果たして、立ち入り禁止区域での作業と見合う金額だろうか。

もうひとつ。
彼は、こちらでの仕事仲間から誘われた。
その人と一緒に行き、同じ宿舎に寝泊まりしていたそうだが、待機中の生活ぶりが、
もともとこちらで知っていたときよりも羽振りがよかった気がする、という。

なるほどね。
彼はそのことが何を意味するかを知らないわけだ。
これはあたしの憶測だが。


結論から言うと、この案件は、除染モデル実証事業にたかった利権が、
善意の無知な人間から搾取するためのモデルに従ったものだろう。
おそらくこんなことはこれからもずっと続く。
だって、すでに除染詐欺もあるくらいだから。


ああ、そうだ、やっちゃん。
君が持ってる除染事業従事者教育証だっけか?
(正式名称をおぼえてなくてごめんよ)
それに記載されている生年月日は、君んじゃなかったよ。
気づいてないなら、あまりにも君は無頓着すぎるよ。
これから先、そんなんじゃ何度でも同じ目に遭うよ。
とはいうものの、私も当日は気づかなかった(違和感はあったよ)のだから、
同罪だな。

どう伝えたらいいのか、目下思案中。






今日の着物

後ろ結び修行の旅、今日は2回目の授業です。
いや、ほんとは3回目だけど、前回さぼった。

しばらく後ろで結んでいなかったら、後ろの感覚がにぶっています。
人間ってほんとうに忘れる生き物なんだなぁ。
タレの長さとか、おたいこにたくしあげるときの手の使い方とか、
どうにも決まらない。
何回もやっても、できあがりが違うのは、テキトーだからですね。


はい、本日も単衣です。

20120519大島紬

着物:大島紬。 柄は秋名ばらという復刻柄だそうです。
帯 :先週と同じ博多ですが、裏面です。微妙に模様違ってます。
襦袢も先週と同じ。ああ、単衣の襦袢がないんさ~(笑)

着物を単衣にすると、帯が限られてきます。
少なくとも地の厚いものがあわなくなります。
染めの名古屋帯なんかがいちばんいいんだろうけど、持ってない。
あ、あるけど、真っ白なんだもんな~。

来週はさすがに帯を変えたいなぁ。




昨日の着物



着物:牛首紬の単
帯 ;博多変わり間道の袋帯

えーと、出かけた先は、日本橋の問屋さん「京商」です。
実は、また4月から見本和装のお教室に行ってまして、昨日は悪名高いセミナーでした。

わたしが死ぬまでにどうしても欲しいもの(大げさだっちゅうねん)が紅型だと知ってか、
連れて行かれた問屋さんは、見本和装で唯一、紅型を扱っているところ・・・。

物欲がなくなったとか書いた舌の根も乾かぬうちに、やっちまいましたよ、
紅型の帯がうちに来ることになりました。

いや、でも、ほんとに物欲なくなってるんだよ、他のものはなんにも魅力的でなかったもの。
以前だったら、絶対に、永治屋さんの唐織、ぐらぐらぐらぐらぐらぐらしていたはずなのに、
今回は、お、柄、どストライク。で終わりだったよ。


京商の松場さんは、見本和装でも人気のセミナー講師さんです。
わたしも以前、こちらで開かれたイベントに参加して、お話しを聞いたことがあり、
いつかゆっくりお話し聴く機会があれば、と思っていました。
いやいや、沖縄を語らせたら止まらない止まらない。
やっぱりここへはなんかご縁があって訪問したんだろうなぁと思います。

帯が手元にやってくるのは、6月の終わりころなので、
締めることができるのは秋になってしまいますが、
とても楽しみです。

西採った効果はいかに。

前にもちょこっと書きましたが、西はお銭にかかわる方位です。
悪く採ってると手癖が悪くなったり、いつも借金に追われたりするらしいです。

で、今回?

なんかね~、物欲がなくなった。
具体的にいうと、着物の大物、もう買わないと思う。



季節が合わなくてまだ袖を通してないものもあるし、
片手にも満たない着用回数のもあるし、
着てあげないとかわいそうやん。
どれも気に入ってうちに呼んだ子たちなので、
着物にもわたしを好きになってほしいです。


そんなこんなしていたら、4月から、いちばん初めに着付けを教わった先生から、
お教室ふたたび来てみない?とお誘いをいただきました。
前結びだけでなく、やっぱり後ろもできたほうがいいに決まってるので、
このお誘いは渡りに船でした。


そしたら、着物の着方基礎教室をやってちょうだい、というお話が来たので、
ああ、やはりそういうことだったかな、と思いました。
こちらは、気学の先生である友人のつながりで入ってきたお話で、
月に一度の格安教室ではありますが、
わたしにとっては初めての着物でのお仕事になるので、ほほぅ、というかんじです。



もしかしたら、仕事の面でも些少かもしれませんが、少しアップするかもしれないお話しもあるし、
いきなりでかいのがドカンとは来そうにないですが、ちりつもでまわってくるのかなぁ。


長い日数行けたわけではないので、ちょっとずつ効果が出てきたらそれで十分うれしいです。


京都への旅 3日目その5

バスで約10分、銀閣寺です。
こちらの正式なお名前は慈照寺。金閣寺同様、相国寺さんの塔頭です。
今回は、相国寺、金閣寺、銀閣寺、とすべてお参りすることができました。

銀閣とよばれる観音殿も美しいのですが、
東求堂の少し反り返った屋根のカーブが好きです。
金閣のような華やかさはないのですが、禅寺の落着きとか凛とした雰囲気があるので、
好きなひとはこちらが好きかもしれませんね。
参拝客も、金閣にくらべればぐっと少ないので、のんびりとお庭を楽しむことができます。
ああ、かえすがえすも天気が残念だ。

この日もよくまわりましたが、最後の仕上げに三十三間堂です。
バス101系統は、ほんとによくできた路線で、主だったととろを全部回れるルート。
銀閣から七条へ折れて三十三間堂で下車。

しかし。


調べないで行き当たりばったり楽しんでいましたが、最後にヤラレました。
バスを降りたのは15時35分。拝観受付は5分前に終わってました・・・。
うわ~ん。

でもここでただでは帰らない。
あるいて5分のところに智積院があるじゃないか。
ここには、等伯もあるじゃないか。
一度行ったことあっても、あの障壁画は何度でもみたくなります。

娘は、桜図が好きだそうです。わたしは楓図が好きです。
いずれにしても、桃山時代の華やかさを背景にした豪華な障壁画です。
金箔きらきらなのですが、描かれた桜も楓もどことなくさびしそうなのはなぜだろう。
画家は、満足しちゃったらおしまいだからかなぁ。


そんなこんなで、いっぱい京都を歩きました。
楽しみました。
帰りたくなかった・・・。


今だからよけいに思うけれど、できるもんなら西のほうに住みたいですね。
今回も3日間過ごしてみて、空気(の味)が違うことを実感しました。
雨にあたってもびびらなくていい、東京ほどには。
なんだかなぁ。


長い長いときを経てきた古都からみたら、自分の時間はほんの一瞬。
その一瞬をこんなにびびりながら生きていかなくてはいけなくなるなんて、
思ってもいなかった。
あたしがびびってる時間よりも、次の世代はもっともっと長く、
生まれたらいきなりその中に放り込まれる世代も・・・。

それでも、みんなこの国で生きていくんだろうなぁ。

そんなことを思いながら、帰りの新幹線、希少なひかりに乗って帰京しました。






京都への旅 3日目その4

祇園さんからはすぐに知恩院までたどりつけます。
今は残念ながら御影堂が大修理にはいっているため、
山門から男坂のぼって境内についたときの「うわぁ」感がちょっと弱いです。
でも、やはりスケールのでっかいお寺さんです。
東山のお寺は、みんな背中に山を背負っています。
それで、なんというか、圧迫感ていうのとは違うのだけれど、開けた感のない立地なので、
そのかわりに敷地が広いのかなあ、と思います。

それにしても、雨のせいで、前日とはうってかわって寒い寒い。
いっしょうけんめい歩いていないと、寒くてふるえてしまう(笑)。
晴れていたら青蓮院もと思いましたが、ここはまっすぐ平安神宮へ向かいます。
(修学旅行か(笑))
まあ、ある意味、修学旅行みたいなもんです、娘たちは京都をあまりきっちりまわってないので。
実は、以前真夏にお参りして、帰ってからこのお社の由緒を知りました。
京都のまちおこしのために遷都1100年を記念して建てたのだそうですね。
ですから、お社自体は古い古い歴史を持っているわけではないですが、
京都のひとびとの思いは、まちの歴史を継ぐものの象徴としての神宮なわけで、
丹塗りのきれいな建物をながめると、なんだかほっとするかんじです。

晴れていたら(また出た)神苑を歩きたかったのですが、
この曇天ではきれいさ半減。
では、どうするか。

そりゃ、ここまで来たら銀閣ですよ、銀閣(笑)。

バスをつかまえよう。




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