わたしの声を届けたいのに(その5完結)

今回もコメント・トラバ不可です。

ごめんね。



ちょっと暗い話になってしまいました。

ただ、これは今わたしを突き動かす力の源のうちのひとつであることは確かです。

子どもだったわたしたちは、結局なにもできないままだった。大人だったら、自分の力で逃げて生きていくこともできたかもしれない。だけど、わたしたちは何の力も持っていなかった。守られている子どもだったけど、何も守られなかった。

矛盾して見えるかもしれないけど、当時はそう感じた。いや、今でも思い返すと、そういう表現にしかならない。


数年後、大学に進学したら、偶然というにはあまりにも不思議なことに、たーくんとわたしの同級生が同じ学科にいた。それが縁で、卒業もしていないわたしはたった一度だけ、その小学校の同窓会に参加した。小学校卒業から8年たっていた。席上でその日出席していない人の話題が出て、当然たーくんの話も。

「わたし、会ってる。」
「え!」
「みんなより後で。最後に会ったの、わたしなんだ・・・」

少し薄れかけている記憶をひもといてそのときのことを話したら、
みんなの目がうるんでいた。

「突然いなくなっちゃったんだよ。なんにも知らなかったんだよね。」
「そうそう。遊ぶ約束までしていたのに。」
「来ないから家まで迎えに行ったら、誰も住んでいなかったんだよ。」
「隣の人に聞いても、いついなくなったかわかんなかったの。」
「近所の人は夜逃げだって噂していたよね。」



誰かがぽつんとつぶやいた。

「もう二度と会えないのかな」

誰も否定しなかった。


今、その国は世界中から注目されている。
6カ国協議の再開は不可能だ、と嘯いている。

たーくん。どこにいる。
みんなの記憶の中にあなたの姿が残っているうちに、会いたいよ。
だけどこの声を届けるすべがない。


どんなに叫んでも、この声は届かない。
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わたしの声を届けたいのに(その4)

おことわり。



非常にデリケートな部分にさしかかりました。

折りしも検索機能が稼動開始とのこと。



その4とその5はコメント、トラバともに不可とさせていただきます。

並行しておしゃべり箱を作成しますので、何かあればそちらへ。

また、カンのイイ人はDUOMAILでも届くかも。(ただしチェックがとろいのはご勘弁)

 
 
 
結局、いつもいつも駅周辺の場所から動くことはなかった。駅からだいたい徒歩で10分以内の場所。もともと与えられていた時間が1時間だったこともあるけれど、
それ以上に、場所を変えることをたーくんが嫌った。
一度、隣の駅の繁華街に行こうって誘ったことがあった。たーくんは、それはダメだという。なぜ?理由を聞いたら、自分は許可されていないから、と。
そして気付いた。いつも視線を感じているということに。

それに気付けば、あとはわりと簡単に結論を導くことができた。

夏休みが終わる頃、聞いてみた。
「新潟から船に乗るんだね」
「そうだよ。なぜわかった?」
「いっぱいヒントくれてたじゃない。
 地元の情報は中学生が一番豊富に持ってるんだよ」
ぜんぜん説得力のない説明。だけど、たーくんはそれ以上追求しなかった。してもどうしようもないし、わたしもされても困るし。

「いつ?」
「わからない」
「見送りできる?」
顔色を変えるたーくん。
「だめだよ。絶対に。」
黙っていると、もう一度繰り返した。
「絶対にだめだからね。」
オレのためじゃない、ちーちゃんのためだよ。とその目は語っていた。

「じゃあ、ひとつだけ教えて。」
彼のもうひとつの名前を知りたい。名前さえ知っていれば、何かの折りにその後を知ることができるはずだ。
でも、それも彼は拒絶した。
「ごめん。ちーちゃんと会うことでぎりぎりだったんだ。
 これ以上のことはだめだっていう条件で。」
がんじがらめのたーくんの生活。

たーくんが望んだのではないのに、彼はなにも自由を持っていなかった。生まれた街を離れ、知らない街でともだちもなくすごし、さらに知らない国に行く。

「わたしに何も残してくれない?」

しばらく考えていて、彼はつぶやいた。

「オレの名前には、星という字が入っている。」

わたしが今知っているたーくんの名前には、その字は使われていない。きっとどれかと星の組み合わせなんだ。

「絶対に忘れないよ。」

そして、それが最後の会話になった。



次の約束の日、たーくんは来なかった。
もう会えないんだ。それは彼の意志なのか、そうではないのか。それすらもわからない。
さよならも言えずに別れの日が来るなんて考えてもいなかった。
あんまりわけわからないと、涙も出ないんだっていうことを初めて知った。

いつ日本を離れたのかもわからない。どのあたりに住んでいるのかもわからない。
3618分の1。
情報はそれだけしかない。

わたしの声を届けたいのに(その3)

ちっとも続きが書けません。

さっさと書いて、すっきりしたいのですが。

なんだかいろんな想いがあふれてきます。



長さが一定しないのはご愛嬌ということでお許しくだされ。

夏休みは長いようで短い。

たーくんとは、だいたい3日毎、週に2回くらいの頻度で会うようになっていた。道筋にあるスーパーで10円アイスを2本買って、それが溶けないように駅まで走る。最初の日と同じ公園に行ったり、ちょっと離れた別の公園に行ったり、とにかく狭い範囲でしか動いていなかった。

話題も、実はとても限られていて、たーくんと一緒だった学校とその周辺に関するものがほとんど。それでもずいぶんたくさんの人が登場したし、たかが2年半の在籍でもけっこういろいろな行事や出来事があったのだなぁと思う。

中でもやっぱり大イベントだったのが、5年生夏休みのキャンプだった。
市内のキャンプ場で自分で張ったテントで一泊する、ただそれだけだったんだけど、たーくんたちと私たちのテントが隣同士で、虫除けを借りたり懐中電灯でモールス信号ごっこをしたり、一晩中遊びまくったのだった。おかげで翌朝全員寝坊したのは言うまでもない。

「ちーちゃんたちは、6年生になってからどこか宿泊行事あった?」
「あったよ。でもぜんぜん面白くなかった。」
「オレらも、修学旅行よりもあのキャンプのほうがずっと楽しかったよ」
「そっかぁ。わたし、転校してからトモダチいなかったからさ。余計にね。」

あ。
たーくんの痛いところを衝いてしまった。
これから先のたーくんは、そのわたしよりも過酷な状況になるのに。
黙ってしまったわたしの心中を察したのか。
「いいんだよ、気にすんなよ。しょうがないんだよ、オレら子どもはさ。」
そこでいったん言葉を切ると、彼は頭をかきむしって、そして涙を流していた。
「子どもの意志なんて、親にとっちゃあゴミみたいなもんだよな。」
そんなことないよ、と言いたかったけれど言えなかった。
たかが国内とは言え転校を繰り返すたびに気持ちがすさんで、当然のように生活まで荒れていた自分を思えば、そんなことないわけがなかった。

そうか、たーくんがわたしを選んだ理由は、そんなところにもあったのか。
痛む心の傷をそうっとなでながら、思った。
たーくんの傷はもっともっと深くて大きい。自分でどうすることもできないくらい。

誰がその傷を癒してくれるの。

それを考えたら、わたしもやっぱり泣いていた。

わたしの声を届けたいのに(その2)

あらら。

結構勘違いされてるなぁ。恋愛物語じゃあないんです。

たぶん、もし力があったとしてもどうにもできない事柄だったんだけど、以後今に至るまで、自分的には禍根として感じていることなんです。

 
 
 
 
 
小学生のときの彼は、わたしより背がちっちゃくて、色が黒くて黒ぶちのめがねをかけてて、そう、あれにそっくりだった。「ダッコちゃん」
1年ちょっとたって変わってるんだろうか。もしかしてダッコちゃんのまま背が伸びてたら、かなり笑えるだろうな、などなど思いながら歩く。
卒業した小学校の横を通り、たぶんたくさんの同級生が住んでいるんだけど、自分にとっては生活圏ではない地域を横切って、指定の駅に向かう。
なぜこの駅なんだ?それもよくわからない。

改札口が見えるところまで来て、すぐにわかった。ちいさいままのダッコちゃんがそこにいた。(ダッコちゃん、ではあんまりだから、ここではとりあえず「たーくん」と呼ぶことにする。同じように、わたしも違う名前でよばれていたが、ここでは「ちーちゃん」にする。タ行そろえということで。)

「たーくん!」
その声でこっちをむいたたーくんは、満面の笑みをうかべた。
「ちーちゃん。来てくれたんだ。」
今日、手紙が届いたことを伝え、立ったままでは話もできないのですぐ近くの児童公園に移動した。隣接学区なので土地鑑はちゃんとある。
「たーくん、ここの公園知ってる?」
「知らない。初めて来た。」
そうか。ここらでいちばん大きい児童公園なのに。ってことは、このあたりに住んでいるわけではないだろう。またわからないことがひとつ増えた。

「駅に来るようになったのはいつなの?」
いったいいつから毎日来ていたのかを訊ねると、もう10日だという。夏休みが始まってすぐから来ていたのだ。

じゃあなぜ手紙が届くのに時間がかかったのか、封筒がたーくんの書いたものでなかったのか。
今どこに住んでいるのか、どうしているのか。わからないことだらけのわたしがそれをぶつけると、たーくんはとても困ってふっつりと口を閉ざした。
浅黒いたーくんの顔は少し青くなった。
「じゃ、話せること、話して」

小学校卒業式の3日後に、そのまちを出て東京に来たこと。
ご両親と3人でこの沿線に住んでいること。具体的な地名は言えない。
学校には行っているが、少し特殊な学校であること。
そして、最後に。

「たぶん年内くらいに、日本を出る」
「外国に住むの?」
「うん」
「どこ」
「それも言えない」
「小学校のともだちには、それ言ってきたの?」
「黙って離れた」

率直な感想。わけわからん。
わたしもたかだか東京に来て1年。徒歩圏内の情報しか持っていない中学生が何を推察できるだろう。

「なぜ手紙くれた?」
「オレのこと知ってるひとで東京に住んでいるの、ちーちゃんだけだ。
 日本出たら、もう帰ってこないはずだ。みんなのことも忘れないようにしたくて、
 いっぱい誰かと話をしたかったんだ。」
転校生だったわたしは、たーくんと同じ学校にいたのはたった2年半だ。
同じクラスだったのもたった1年だけだ。
6年間、いや、もっとたくさんあるはずのあのまちの思い出を語るには、わたしでは力不足だ。
それなのに、たーくんは、わたししか話できる人がいないと言う。
いったいどういう事情なのか。さっぱりわからないけれど、13才の少年が暮らす環境としてはあまりにも過酷だ。

毎日は来られないけれど、それでもいいか、と聞くと、十分だと言う。
「わかった。次に会える日をちゃんと決めればいいんだね。」
そして、一日に与えられてる時間は約1時間。17時にはここを離れて帰宅しなくてはいけないらしい。

こうして、たーくんとわたしだけの夏休みが始まった。

わたしの声を届けたいのに(その1)

古くから抱え込んでいてどうにも消化できない思い出ってありませんか?

そういうのをどうすればいいか、ずうっと考えていましたが、物語にしてしまえば少しすっきりするかなって思っています。



消化できないからにはやっぱり「つまづき」なんで、このカテゴリに放り込むことにしました。

あっ、カテゴリを少し整理整頓したんです。それについてはまた別記事を載せます。



そゆわけで、しばらくの間続き物として書いてみたいと思います。



おっと。タイトルちょっと変えました。「聞こえますか」じゃあまりにも尊大だ。

  
  
  
  
  
どんな夏だったんだろう。中学最初の夏休み。
部活でしょっちゅう学校に行ってたような気もするが、この頃の記憶はすごく曖昧だ。
そんな曖昧なのに、どうしても忘れられない数日がある。

学校帰りに集合ポストを開いてから帰るのは、わたしの日課だ。
携帯なんてものがなかった当時、遠方の友人とのコミュニケーションツールは、唯一手紙しかなかった。
転校する前の友人からたまにくる手紙をとても楽しみにしていた。
(そんなことしていたから、こっちに来てからなかなか友人ができなかった、とも言う。)

そんなある日。
わたし宛の白い封筒が一通。ひっくり返してみても名前がない。
宛名書きの筆跡には、思い当たる人がいない。いったい誰・・・。
消印は、居住地からいちばん近い繁華街だった。
ますますわからない。今の同級生なら、こんな面倒なことはしないんじゃないか。
そもそもわたしに手紙をくれるような、深い友人はいないはずだ。(のちにできるけれど)

急いで階段を上り、汗を吸った制服を着替えて、ゆっくりと封筒にハサミを入れる。
中には、ぴら~んとたった一枚の白い便箋。そこには薄い鉛筆の文字があった。
その筆跡なら記憶がある。差出人は、転校前の同級生だった。
手元にはもう原文がないので、思い出しながら書いてみる。

「転校して一度も手紙なんか書いたことないので、とてもびっくりさせていると思います。ごめんね。
 今僕はキミんちの近くにいます。僕も小学校卒業して、あのまちを離れました。
 あまりにも近くなので、どうしても会いたくなりました。
 電話で連絡をとれればいいのですが、それができません。
 ××駅まではそんなに遠くないですよね。夏休みだから時間とれますか。
 毎日16時に改札口にいます。
 こんな怪しい手紙だから、来てくれない確率が高いとは思っているけど、待っています。」

そう。何日に書いたかとか、どこに住んでいるとか、どこの学校に通っているとか、ふつうなら書かれているはずの情報がまったくなかったのだ。
でも、その筆跡は確かに彼のものだ。文章も、なんとなく理屈っぽい彼のしゃべり方そのものだった。
××駅までは、歩いて20分くらい。16時には十分間に合う。
今日もいるんだろうか。行ってみることにした。
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