転生

いちばん身近な神様はイエスさま、と言ってるくせにどこにも所属せず洗礼も受けずにいるのは、自分のまわりで転生を見ているからです。

ここ3日ほど、命を受け継ぎ、いのちをいただく、という話をよく聴くな、と思っていたら、昨晩やはり転生としか解釈しようのない知らせを受け取りました。

不思議なことですが、そうなることは、彼女のそばにいる人たちほとんどが感じていたようでした。もちろんわたしも、時期がくればそうなるだろうと考えていました。思ったより早かったな、とも。

ゆかりのある人のところで転生することもあれば、そうでないケースもあるようで、それは血縁とか地縁とかいろいろなファクターが絡んでいるのでしょう。
選んで望んで決めて生まれてくる、というのはそういうことなんだろうなぁ。


わたしのご先祖さま、と言っても祖父母の代なので家族とそう変わらないわけですが、テケトーに様子を見ながら、出てくる先をうかがってるひとがいるようです。
敢えてお尋ねしたり調べたりはしませんが、たぶん会えばわかるでしょう。


帰ったらおばあちゃんのおひなさまを出してあげなくては。



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いつもと同じ夜でも

そこにないものを恋うる気持ちがおさえられなくなることもある。

どこにあるの。
探すべき場所はわかっているのに。
違うところを探して、みつからないふりをする。

クリスマスの朝

クリスマスの朝をぼーっと迎え、幸せとはなんだろうな、と考えていました。

目の前にあるはずの幸せに気づかないとか、幸せとは別の価値観を幸せと勘違いするだとか、愚かな朝を何十も何百も何千も何万も重ねてきて。


わかっている。
あたしがどうしても最後まで手放すことのできない夢は、どうしてももう手に入れることができないもの。
そして、穴を埋めるために相似形のものを探しているのだと。
でも、それは相似ではあるけれど、合同じゃない。

相似の小さい方は、すき間を埋められないけど、大きいものなら削れば合同になるのかな?などと傲慢なことを考えたりする、それこそが愚かなことなのだ。






クリスマス休暇などという、ろくでもないことを考える朝を、あたしに与えるなよ。

病院てところはさー(とりとめのない)

今年で開院40年になる、わがまちの大学病院。
ぜんぜんお高くとまってなくて地域の単なる大病院化してるのはいいのですが、それだけに患者数が多い!
ましてやこのまちはすでにシルバータウン、加齢と共に有病率も当然のように上がるから、受診する人が減ることはたぶんないと思われます。


40年前はきっと最新鋭でピカピカだった建物も、どんよりとくすんで、床のリノリウム(←イマドキもうないよね(笑))タイルもひび割れだらけ。
通路だって待ち合い椅子をびっしり並べてるので、ストレッチャーが来るとみんな足を椅子下に引っ込めるありさま。
そうしないと、角が曲がれないんだよね。

しかしながら、やはり地域の医療を長らく支えてきてくれた病院だし、実はわたしもここで出産しているので、どうしても嫌いになれない、いや、むしろこのレトロ感漂うここがけっこう好きだったりします。


義実家で目下大問題が勃発していて、病院を調べまくりの今日この頃ですが、医療や介護にあんまり関係ないところで力入れてたり、ホームページがやたらと綺麗だったりするところは、実態がどうなんだか、と、ちょと穿った見方をしてしまいます。
実際、義母が秋から世話になってるところも、とあることで知る人ぞ知る病院らしく、なんにも関係のないわたしが知っていた、というところで。そんな病院で、痴呆で歩けない喋れない半身不随の義母が骨折した、なんて、何があったのやら。(だいたい想像はつく。)

そんな義母を100歳まで生きてほしい、とかいう人の頭がどうかしてるというのはおいといて。

家で死ぬことが難しいのならば、せめて快適に過ごせる病院を選びたいなーと思いますが、ここは、通院とか短期入院ならいいけれど、長く暮らせるとこではありません。
順番に見送るのだとしたら、あたしの最期はどこになるのかなぁ。


やっぱり、探さないでください、ってふっといなくなるのが理想だなぁ。んでね、好きな景色見ながら朽ちていきたい。


信用とか信頼とか

連日砂を吐いております。

この半月で、ご紹介の絡むことでトラブルが続きました。

ひとつめ。
実績があるので『信用』しているかたを『信頼』して、友人を紹介したのですが、初っぱなから誤認があったために最終的な成果物に対して、友人が満足のいく結果を得られませんでした。
おそらくこの誤認がなければ、100%とはいかないまでも望んだ形に近づけるためのやり取りがもっとスムーズだったと想像できるので、とても残念でした。
また、初っぱなの時点にわたし自身が同席していなかったことも悔やまれます。
誰か一人くらいは誤認に気づくことができたのではないかと思うと…。

ふたつめ。
わたしが、お会いしたことのないかたから別のかたを紹介していただきました。いったん連絡がつきましたがその後なしのつぶてになり、先方から連絡いただけるはずが3日ほど経過したので、これはもうなかったことにしていいだろうと判断して、繋いでくださったかたに『ご縁がなかったと思う』とお伝えしました。
そもそも、繋いでくださったかたとのご縁はまた別のかた(さすがにここは面識があり、ある程度信用はしている。)からなので、どこの関係から疑いをはさむのか、かなり判定に苦しむところです。

さすがの妖怪アンテナを以てしても、見抜けないことは多々ありますし、ヒトは仮面を被るのがけっこう上手です。

もちろんわたしだってたくさんの仮面を持っています。それでも、少なくとも自分を信用してくださってる、信頼してくださってるかたを裏切ったり、顔を潰す(わ、なんて古い言い回し(笑))ようなことはしないように努力してます。
たぶんないとは思うけれど、もし気づかずにやらかしていたら、ほんとうにごめんなさい。

信用は、過去の実績に基づいて相手を高く評価すること。
信頼は、その信用する相手に対して、未来の結果を託して頼ること。
各辞書の定義をまとめるとこんなかんじになります。

ここまでの時間にありがとう。←あなたを信用しています。

これからもよろしく。←今後、信頼して、より強固な信用を築いていきましょう。


てなかんじ?


さて、もうおわかりでしょうが、ひとつめの案件で、かなりダメージをくらっています。
もうけっこう日が経過してるのですが、なかなか辛いもんです。

こんなときは、好きな人に好きと伝えて、ふわっとあたたかさを分けてもらうしかないなぁ。


あなたが好きです。







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好きなものがたくさんあります。

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