月を見上げて

昨晩はとても久しぶりの友人と、その頃のホームグラウンド、というか、学校の最寄り近くで晩ごはん。
その頃にはなかったお店。
(あたりまえだ、開店してまだ半年あまりだそうだ。)

きっかけはなんでもいい。
それがなかったとしても、もしかしたら別のきっかけで再会していたかもしれないな。
そんな風に感じた。




沖縄のときにも書いたけれど、船を見送る紙テープか、はたまた、どれがどう絡んでるのかよくわかんないしろも(しつけ糸)か、わたしはそんなものを持って生まれてきたような気がする。

それ自体はとても頼りない。紙テープは濡れたら切れてしまうし、しろもは甘撚りすぎて引っ張ると切れてしまう。
もっとしっかりとしたもので繋がりたいと思う人には応えられず、また、そうした人にはわたしのしろもやテープは見えてもいないのだろう。


そんなことを考えながら見上げた月は、上弦の1日前。
半月よりわずかに欠けた月のかたちは、半月刀を思わせた。
半月刀は、切るための刃物。


お願い、数少ないわたしの糸を切らないで。



夜中に書いたらもっとヤバくなりそうなので、日が暮れる前に書き終わってよかった( ´ー`)


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夏至の夜

今夜は夏至。
自分一人だったら、電灯を消して暮らすこともできるのですが、そうもいかない家人がいてはね。
電気の無駄遣い王。
見てないテレビがずっとついていて。
夜中もテレビつけっぱなし部屋のあかりつけっぱなし。
そのせいでわたしは熟睡できない。自宅にいても。
離れた部屋で寝ても、同じ家の中の音声は結構響いてくるものです。

話がそれました。

たしかミレニアムイヤーの頃から、夏至の夜のキャンドルナイトが始まったように記憶しています。
あえてろうそくの灯りにはしないけれど、節電とか、いろんなこと考えたりするきっかけになっています。

無駄なエネルギー消費をしない、ということは、電気だけでなく、生活の全てにおいて大切なこと。
もちろん、ヒトという生き物としても、できるだけ省エネというか、必要以上にがんばらないで生きていけたらいいなって思います。

よく、体力あるね、と言われるのですが、体力あるんじゃないんですよ。
エコ運転してるんです。
急加速や急ブレーキしない。
食べる量や運動量の適切なラインを、からだがちゃんと覚えているんでしょうね。
なので、極端に肥えたり痩せたりということもなくなりましたし、寝込むほどの疲労もなくなりました。

でも、感情の無駄遣いは、ちょっとしてるかもしれない。
そこまで想わなくてもいいのに、と自分でも思うことがありますが、まあ、抑えて抑えられるもんでもないし、とりあえず誰かに迷惑をかけていることもなさそうだし。

それを表に出さないことだけが上手になっていきます。
わかる人だけがわかってくれればいい。

そして、わたしもわかりたいのです。
あなたを。
短い夜の闇に、そうっと声を出してみます。

そこにいるの、知ってるよ、と。


肉弾戦

頭を納得させる論、いらない
心に染み渡る情、いらない

骨と肉を動かして、別の次元に行きたい

死生観

義父をお浄土へ送ってきました。

今回の儀式はすべて浄土真宗のもとに執り行いましたので、言葉もそれを使わせていただきます。

昨年の12月に倒れて寝つき、入院中にさまざまな病気もわかり、半年の闘病(と言うのだろうか。)の末になくなったので、こちら側にいる者としては日々が覚悟と見送りであり、大きい動揺はありませんでした。

実は、義父は無宗教でした。
ですが、義母の実家が真宗に帰依しており、義実家には義母の両親の仏壇がありました。
すでに両親を真宗で見送った義妹の采配で、この度の葬儀も同じように、となったようです。

私は門徒ではありませんので、少し勉強してみました。

浄土真宗では、往生、つまりお亡くなりになると、即成仏します。
この世に迷える魂などないのです。
そのため、お位牌もありませんし、お位牌に書く戒名もありません。
お浄土でのお名前として『法名』をいただきます。
これはお寺の過去帳に載せられ、以後はそのお名前で管理されていくこととなります。

また、浄土真宗では、般若心経も唱えることはありません。
南無阿弥陀仏、と阿弥陀さまのお名前を唱えることで、亡くなったらお浄土に行けるお約束をしていただけたことに感謝する、という考え方です。

では、今生にいる者は何をすればいいのでしょう。
それが『他力』です。阿弥陀如来さん(←他力)がすべてを引き受けてくれるので、自分で苦しみから逃れるために努力(←自力)する必要はありません。


さて、元に戻ります。
人としてどのように死んでいきたいか、は、人それぞれ異なると思います。
どんなになっても生きていたいか、延命措置をせずに死んでいきたいか、あれやこれや。
また、自分がそのように思っていたとしても、周囲の人、主に身近な親族になると思いますが、看取ってくれる人に伝わっているのかどうか。

どうしたかったん。
暮れに、義父の目に問うたときの哀しさを忘れない。
どうしたかったん、では遅すぎるのです。

どうしたいん?
どうしてもらいたいん?

答えをもらえるうちに、答えられるうちに、
やっておかねば。











勝ち組負け組

好きな言葉ではないが、ある、と言わざるを得ない。
世間一般的には、経済的な成功を勝ち組という場合が多いと思う。
見た目にもわかりやすいしね。

でも、バブル崩壊したり、リーマンショックがあったり、さまざまなことがあって、昔のアメリカンドリームのような一発デカイ仕事して儲けてやろう、みたいな時代じゃなくなってる今。

勝ち組負け組を分けるラインがなんなのか、よくわかんなくなる。

どっちでもいいけど、幸せは金だけじゃない。
金はあるに越したことはないけど、ないならないで、人は工夫するのだ。

そして、工夫の先に、金ではない幸せがあったなら、それを得た喜びでご飯が三杯食べられそうな気がする。それが何よりのご褒美じゃないかと思うのだ。

あたしはどこへ行くのだろう。
願わくば、幸せの国へ。

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好きなものがたくさんあります。

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