悲しいこと

朝、このニュースを悲しく苦々しく読みました。


立ち入り禁止

2年前に沖縄を訪れたときに、同宿のかたから教えてもらったところです。
そのときは自分たちしかいなくて、ほんとうに静かな場所でした。
たどり着くのもかなりむずかしく、もちろん看板も出ていないし、細い道をゆっくり進み、見逃してしまいそうな入り口をようやく見つけて。

なんと言えばいいのかな。
美しくて、向こうに見える海は泣きたいほどあおくて、崖の上に向かって思わず拝んでしまいそうな、神々しい場所でした。

と同時に、周囲がまったく開けていなくて、人が押し寄せたらどうなるのかな、と思ったのも事実です。


こんなことになってしまったか。

とても残念です。
またいつか行けるのでしょうか。


人として、恥じることなく生きているとは、全然言えないわたしですが、少なくともこういう場所を、後の人が来られなくなるようなことはするまいと。
それは、自然であっても、寺社であっても、同じ。
わたしはそこを見せていただいてる身ですから。

週末にお祭りで神様とふれあえたから、余計にそう思うのかもしれませんね。

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涙ぬぐう朝

メモリアル報道の日です。

そんなものがなかったとしても、心の奥底に刻みつけられた傷は、なにかにつけて思い出されます。
身内や知人がいたわけではなく、それなのにこれほど傷が癒えないのは、あの事件が『生きる』ことの意味を問うているからかもしれません。

共にあること、共にあるくこと
共にいること、共にいきること



やまゆりの
花弁の先に
灯す夢

関宿~石垣屋さんとか甘いものとか

前の記事でお祭りに参加できるようになったいきさつをちょっと書きました。

三重の古民家ゲストハウス 旅人宿 石垣屋

お宿できてから8年あまり。
できる前から関のまちを知ってましたので、最初にのれんを見たときから気になっていました。



若い頃に旅人していたとき、ユースホステルとか男女別相部屋の民宿を多用していたので、こういうスタイルのお宿にまったく抵抗はありません。
むしろ大歓迎。
昨年初めての予約電話をしたときは、ホステラーでした、の一言で合格をもらいました。今年は、またお祭りお願いします、で通りました。←試験か。試験だよ(笑)

お宿にあった某ゲストハウス紹介本に「自由度120%」と書いてあるそうですが(わたしは見てませんが、複数のかたが読んでゲラゲラ笑ってたので間違いないでしょう。)、石垣屋は自由です。絶対に守らなきゃいけないのは、部屋の指定と、屋内全面禁煙だけじゃないかしら。
時間の使い方をよく知らない人にとっては、あまりに自由すぎて、どうしていいかわからなくなることもあるんじゃないかとさえ思います。
わたし?わたしはノープロブレム。
とろーんと蕩けて、本を読んだり、(相対的に)若い人たちの会話を聞いてたり、時計のいらない過ごし方で、いくらでもここにいられます。

今回も、そんな時間と、それからまち歩きの時間を、贅沢にすごしました。
こんな旅人という名の余所者を快く受け入れてくださるまちへのお礼はなにかなー、と考えると、それはやっぱりお買い物することでしょう。

お宿の斜向かいにある深川屋さんは和菓子屋さんです。

深川屋 関の戸

志摩に住む三重友、愛ちゃんの絶賛する関の戸アイス。
去年は品切で食べられなく、悔しい想いをしたのでした。
到着してアッパッパに着替えてすぐ、宿主さんとおくさまに「徘徊してきまーす」とお伝えして、まずは関の戸アイス。
何をおいてもまずはこれ。
今年の新商品をあわせて、なんと4種類もあって選べないよう。
さんざん迷って、伊勢ほうじ茶味を。



さっぱりとしていながら、こくのある甘味を楽しんで、体も冷えたので、急いで関神社へ参拝。



お神輿が出る前の境内にはだあれもいなくて、独り占めの静けさ。



強い陽射しのなか、お祭りの準備をする店先をのぞいたりしながら、石垣屋を通り越して、深川屋さんよりもさらに先へ。

志ら玉本舗のかき氷、名物志ら玉氷を。



かき氷とお団子が一度に楽しめる、おとく感満載の名物です。
赤福氷といい、これといい、よく思いつくよね(笑)。

そして、山車が曳かれる西の端にあたる地蔵院さんにお参りして、お散歩終了。

初日は山車曳きに出陣する前に、地蔵院前にある会津屋さんの炊き込みおこわ弁当で腹ごしらえ。


2日目は、朝ごはんもパスしてまったりとごろごろと深川屋さんが店を開けるのを待ち…。
関の戸アイス食べてきまーす、と飛び出すとなぜかお供がおふたり。
常連さんではない男性がおふたり釣れました(笑)。
今度は和三盆を。




そしてお一方、新作の薔薇を注文してたので、ちょっとだけお味見させていただきました。
和三盆はこのアイスの基本型ですね。
薔薇はとってもおしゃれな感じです。あとひとつ、食べられるかなぁ…。

若い青年は、原チャリで静岡県の磐田から来ていて、これから鈴鹿峠攻めに行ってきます、というのをお見送りし、もう少し年嵩の青年(のちにほぼほぼ同年代と判明(笑))とさらにお散歩おやつを。
またも志ら玉氷(笑)
そして食べてるうちに昼時になりましたので、会津屋さんでお昼ごはん。
冷たいもんばかり食べてたので、あったかいおそばがからだにしみる!

お宿に戻り、ぼけーと過ごす午後。
街道から丸見えの板の間で勝手に読書する泊まり客と、お子さまのお昼寝タイムをくつろぐおくさま。
なんかよくわからないけど、外からいっぱい写真に撮られてる、まいっか。
厚かましいおやぢカメラマンが、浴衣の女性は来るのかと聞くので、よほどあたしだよ、と言おうかと思いましたが踏みとどまり。
確かにここに浴衣が大勢並ぶと風情があるのよね。
心の中で、関の戸アイスおごってくれたら今すぐ着替えてくるよ、と思いましたが、それはあんまりだし、そうだアイスもうひとつ行こうと思って、最後のひと
色抹茶を買い求めて戻りました。
うほほ、うみゃー。写真は忘れました。

昼のお散歩で、会津屋さんお隣のドッグカフェで出してる生わらび餅アイスが気になっていましたが、山車曳きで地蔵院さんにたどり着いたときに手を出してしまいました。



バニラアイスに生のわらび餅が載ってて、黒蜜と香ばしいめのきな粉が振ってあります。
わらび餅をおうちで作ったことのある方はご存じだと思います、お鍋で煮とかしてどろどろのわらび餅をそのまんま冷やして食べるかんじです。
でも、冷やしてどうしてこんなにゆるいままなのか、どうしてもわかりませんでした。来年問い詰めたいと思います。

あとね、行けなかったけど、新しいカフェができたそうだし、昔からある定食屋さん山石やおそば屋さん萌へい、紅茶専門店のアールグレイもまた訪ねてみたいです。

来年以降の宿題だね。










関宿祇園夏祭り2017

東海道の宿場町、関。
現在は三重県亀山市となっているまちです。
昨年から、このお祭りにがっつり参加させていただいてます。



夕方から山車が出て、町内を練り歩くこと約3時間半。初日は4基、日曜は3基が出庫します。

初めてこのお祭りを見たのは、たぶん12年前の夏だったと思います。
ときどき訪ねる三重県で、あまり遠くないところでほっと息抜きのひとときは、ここへ連れてきてもらうことが多かったのです。
お祭りがあるよ、と教えてもらって見物に来たのが最初でした。
初めての年はくるくる回る舞台廻しに度肝を抜かれ、次に見に来たときには最後の蔵入れのときの素晴らしい工夫に感嘆したのを覚えています。

もともと光り物、じゃなくて、灯りのある夜祭りが好きで、ねぶたとか灯籠祭りなどがあると出かけていましたが、そんな中でもこのお祭りがとても好きです。

なかなか行けないけど、いつか山車が曳いてみたいなぁと思っていました。

そして、それが実現可能なチャンス(ゲストハウス石垣屋に泊まるともれなく山車を曳ける。石垣屋については別記事に書きます。)をみつけ、ついに昨年、山車を曳く綱を握ることができたのです。
通りいっぺんならばこの一度で満足するのでしょうが、地域のかたが受け入れてくださることの意味、祭りへの思い、さまざまなことを考えると、続けて参加したい、と感じました。

なので、再び。

山車だけでない、いろいろなものがお祭りを彩ります。

こちらは、ミニチュアの山車。



飾り物ではなく、まだお囃子にも参加できない小さい子どもたちが、これを曳いて歩きます。
これが土曜のお昼頃、お神輿の練る前です。

次に、若衆たちのお神輿。



初日は神社を出発して、西の追分け近くのお旅所まで練り歩き、日曜には逆のコースで戻ってきます。
お店屋さんの前ではそこにちなんだ甚句を歌ってくれます。泊まってる石垣屋の前は広くなっているので、お神輿ぐるぐるもやってくれますし、お宿の板の間にお神輿を乗り上げて、高らかに歌われる甚句には、ほんとうに血が騒ぎます。



なんともかっこよく、礼儀正しくて優しい若衆です。

神輿を見送ってのんびりして、夕方からは山車。
明るいうちに蔵から出して、初日は関神社へ向かい、4基揃い踏みしたのち街道へ繰り出して行きます。
途中で提灯に火を入れます。



写真がうまく撮れず。
ここの提灯は蝋燭です。そりゃそうだ、亀山ローソクのお膝元ですもん。
ローソクを入れて、火をつけて。
ほんのりと明るく、ゆらめく灯は、記憶の深いところを照らします。

ほぼ木製の立派な山車は、ぎしぎしと音を立てながら、細い街道を進んでいきます。
「せきのやま」ということばがありますが、語源はこの山車です。
せいぜいこのくらい、という意味で使われることが多いようですが、ほんとうは、限界目一杯まで大きくしたもの、贅沢をして作ったものという意味でした。
狭い宿場の街道を通れる限度ギリギリのサイズまで大きくした山車なのです。そのため、巡行中も屋根瓦に当たりそうになったり、小まめに進路を調整したり、なかなか技が必要です。

舞台には子ども囃子を載せ、甚句に間の手をいれながら、みんなで綱を曳いて歩きます。

すっかり夜になり、20時頃、まちのほぼ真ん中あたりの場所に、再び4基が揃います。そして、一斉に舞台廻しを始めるのです。



これを見るといつも思うのです。
過去生を今生に、今生を未来に。
輪廻とはこういうことかなぁ、と。

夜のお祭りは、美しくて物悲しくて、そして、すっぱりと朝を迎える。
だから好きなのかもしれません。
祭りのあいだは、心でどんなに泣いていてもいいんだよ、と許されてる気もします。


きっとまた来年も、このまちへ。









忘れる、ということ

薄紙を剥ぐように、新しいことから順々に忘れていく、というさまを少し離れたところから見ています。

ひとりはもう、赤子に戻ってしまいました。
もうひとりは、まだどうにか自立していますが、遠くない将来、運転免許を取り上げねばならぬところに来ています。

また別のひとりは、体の不具合から、やはり免許取り上げることをそろそろ検討しようと思います。

最後のひとりは、この頃めっきり体力が落ちました。怪我も多いです。


実家婚家の親たちです。


記憶を失っていくことには恐怖もあるのでしょうが、むしろ、最期を間近にした恐怖から逃れるために記憶は薄れていくのかもしれないなぁ、と思うこともあります。

長生きしたい気持ちと、早くお迎えに来て欲しい気持ちがせめぎ合う、夏の朝。


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たまねぎです。
ゆる~く生きてます。
好きなものがたくさんあります。

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